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東京高等裁判所 昭和39年(う)366号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 本宮正也

弁護人 会沢連伸

検察官 内田達夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

但しこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、水戸地方検察庁検察官検事岸川敬喜作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

検察官の所論は、本件業務上失火の公訴事実は、その証明十分であるに拘らず、原判決が証明不十分として無罪の言渡をしたのは、採証の法則を誤り事実を誤認したものであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄し有罪の判決を求めると言うにある。

よつて考察するのに本件公訴事実は、

被告人は日立市大久保町九八九番地において、本宮石油店を経営しガソリン、灯油及びその他工業用油等石油類の販売業を営んでいる者であるが、昭和三七年一月五日午後二時三十分頃、吉成酒店ほか一店より注文を受けた灯油二百リットル入りドラム罐四本を吉成酒店ほか二ケ所に配達するため、自店の貯蔵所より店員萩谷俊昭に手伝わせて小型貨物四輪車(運転手井坂運送店所属井坂国男)に積み込もうとしたが、同貯蔵所にはガソリン入りドラム罐と灯油入りドラム罐が雑然と並べられており、且同店においては以前からドラム罐不足のため、ドラム罐上部に表示されたガソリン、灯油等の表示を無視して自店においてガソリン、灯油等を充填して顧客に販売していたため、ドラム罐上部の表示と内容物とが必ずしも一致していない状況にあるものであるから、このような場合石油類の販売業務に従事するものは危険物収納容器(ドラム罐)の外部に表示された内容物の品名、数量等を確認するだけでなく、各ドラム罐毎に蓋をはずし、色、匂い等によつてその内容物がガソリンか灯油かを正確に識別したりえ売却運搬し、もつて購入先においてガソリンを灯油と同じ用法に従つて使用することにより生ずる火災の発生等の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、被告人本宮はその場にあつたドラム罐のうち一本だけ蓋をはずし灯油であることを確認したのみで、他の三本はいずれもこれと同様に灯油が入つているものと軽信し、残り三本のドラム罐の内容物が灯油であることの確認をせず、四本のうちの一本にガソリンが入つていたことに気づかず、そのまま右自動車に積込み日立市助川東町一、八四五番地喫茶店ノーブルこと佐藤征利方にガソリン入りドラム罐一本を灯油であるとして配達させた過失により、同月十日午後六時四十分頃、右ノーブルのバーテン長尾友治がこれを灯油と誤信して、同店一階中央部において点火使用中のゼネラルヤオウ石油ストーブYK二〇〇型に右配達されたガソリンを注入しようとしたため、右石油ストーブの火をガソリンに引火させ、よつて人の現在する佐藤進所有の右喫茶店の建造物(コンクリート三階建家屋一棟、時価八百万円相当)を焼燬するに至らしめたものである。(罪名業務上失火、罰条刑法第百十七条の二)

と言うにあるところ、原審の取り調べた証拠中、

1、司法警察員近藤和夫作成の失火被疑事件捜査報告書

2、佐藤征利作成の火災申報書

3、司法警察員弓削貞夫作成の実況見分調書

4、佐藤征利の司法警察員に対する供述調書

5、原審第七回公判調書中、証人佐藤征利の供述記載

6、原審第三回公判調書中、証人長尾友治の供述記載

7、原審第六回公判調書中、証人長尾友治の供述記載

8、長尾友治の司法警察員に対する(イ)昭和三七年一月一〇日付及び(ロ)同月二〇日付供述調書の各謄本

9、原審第三回公判調書中、証人佐藤信夫の供述記載

10、佐藤信夫の司法警察員に対する供述調書

11、原審第二回公判調書中、証人佐藤進の供述記載

12、原審第七回公判調書中、証人佐藤進の供述記載

13、佐藤進の司法警察員に対する供述調書

14、佐藤進の検察官に対する供述調書

15、原審における証人沢村清市尋問調書

16、沢村清市の司法警察員に対する供述調書

17、原審第五回公判調書中、証人坂本正一の供述記載

18、原審検証調書

19、原審第四回公判調書中、証人弓削貞夫の供述記載

20、原審における証人五町昇尋問調書

21、原審第五回公判調書中、証人近藤和夫の供述記載

22、同公判調書中、証人菅野喜久雄の供述記載

23、原審における証人江田賢治尋問調書

24、原審第六回公判調書中、証人江田賢治の供述記載

25、司法警察員弓削貞夫作成の昭和三七年四月六日付捜査報告書(宣伝紙添付)

26、八欧電機株式会社東京事務所企画室作成名義の茨城県日立警察署渡辺孝晃宛書面(ゼネラルヤオウ石油ストーブYK二〇〇型取扱説明書添付)

27、日立消防署長事務取扱消防司令飯島信章作成の回答書(消防報告及び火災原因調査書の各写添付)

28、日立消防署消防士長江田賢治作成の火災原因判定書写

29、佐藤征利作成の任意提出等(ガソリン約五〇C・C(ドラム罐入のものを移したもの)及び司法警察員弓削貞夫作成の同物件の領置調書

30、茨城県警察本部刑事部鑑識課技術吏員長山善男作成の鑑定書

31、鑑定人安東新午作成の鑑定書

32、原審における証人安東新午尋問調書

33、押収にかかる石油ストーブ一台(原審昭和三七年押第五五号の一、当裁判所昭和三九年押第一三四号の一)

34、同一斗罐一個(原審前同押号の二、当裁判所前同押号の二)

35、原審第七回公判調書中、証人吉成源次の供述記載

36、井坂国男の検察官に対する供述調書

37、萩谷俊昭の司法警察員に対する供述調書

38、萩谷俊昭の検察官に対する(イ)昭和三七年四月二八日付及び(ロ)同年一月一一日付各供述調書

39、原審第六回公判調書中、証人萩谷俊昭の供述記載

40、吉成かねの司法警察員に対する供述調書

41、司法警察員弓削貞夫作成の昭和三七年一月一二日付捜査報告書

42、菊田志郎の司法警察員に対する供述調書

43、茅根弘道の司法警察員に対する供述調書

44、原審第五回公判調書中、証人菊田志郎の供述記載

45、(イ)原審第六回、(ロ)同第八回及び(ハ)同第九回各公判調書中、被告人の供述記載

46、被告人の司法警察員に対する(イ)昭和三七年一月一〇日付及び(ロ)同月一三日付各供述調書

47、被告人の検察官に対する(イ)同年四月二八日付及び(ロ)同年五月四日付各供述調書

によれば

昭和三七年一月一〇日午後六時四〇分頃日立市助川東町一八四五番地所在喫茶店「ノーブル」こと佐藤征利(経営名義人方から発火して同店使用人等の現在する佐藤進所有の同喫茶店の建造物(コンクリート造り三階建家屋一棟)の内部を全焼(損害、当時の時価約八〇〇万円相当)するに至つたこと。右火災は同喫茶店従業員長尾友治(当時一八年)が同店一階広間中央部において、点火中の暖房用ゼネラルヤオウ石油ストーブYK二〇〇型に給油中石油ストーブの火が給油中の油に引火して発生したものであること。而して、同喫茶店では当時燃料用灯油をドラム罐(容量二〇〇リツトル)入りで買い入れ使用していたが、当時前記時刻頃、長尾友治が、右石油ストーブに灯油を補給するため同店支配人佐藤信夫とともに燃料用灯油の置いてある同店南側物置場に至り、同所のコンクリートたたきの上とその附近路上に在つた計三個の燃料油入りドラム罐のうち、内容にまだ手のついていない満量のもの一本の口を新たに開け、ポンプを使用して油を一斗罐(容量約一八リツトル)に一杯汲み取つたところ、可成りのガソリン臭を感じたが、両名ともなおこれを灯油であると信じ、長尾友治において右石油ストーブに給油すべく、これに点火したまま、その給油口に漏斗(じようご)を当て、右一斗罐の口から直接これに油を注入したところ、一斗罐の口から飛び出した油が石油ストーブの燃焼筒にかかるや、爆発音を発して給油中の油に引火し、同室天井に達する火焔を発し一瞬にして消火不能の状態において周囲に延焼するに至つたものであること。(以上、前掲1乃至18、25乃至28、33及び34の証拠による。)

右火災の鎮火直後現場附近(同喫茶店南側に隣接する「さのや」洋品店こと佐藤英功方庭先)に発火当時前記物置場及びその附近に在つたものと同一物と認められるドラム罐三本が集められており、捜査官が右佐藤信夫及び長尾友治に対し、発火前石油ストーブに給油のためその内容の油を一斗罐に汲み出したドラム罐を指示させたところ、両名とも右三本のうち上面、いわゆる「鏡」の部分に、白地に赤字で「日石ゴールドガソリン」と表示してあり、その内容が九割方残量しているドラム罐がそれであるとして指示したので、在中の油を採取鑑定した結果ガソリンであることが判明し、一方発火現場に存した長尾友治が右給油に使用したと認められる一斗罐を鑑定の結果、これからもガソリンを入れた形跡が検出されたこと。(以上右3、7、8、10、12、13、16、18乃至22、24、29乃至32、34及び37の証拠による。)

同喫茶店では曽て、ガソリンをドラム罐入りで購入したことはなく、灯油はかねて同市宮田、吉成酒店こと吉成源次方を介して本宮石油店こと被告人方ほか二、三の業者からドラム罐入りで購入していたが、右購入先の中、ドラム罐の上部に白地に赤字で「日石ゴールドガソリン」と表示したドラム罐を取扱つているのは被告人方のみであること(以上、5、9、11、12、15、17、35、42乃至44の証拠による。)

右火災発生の数日前に当る同月五日同喫茶店から右吉成酒店に灯油ドラム罐入り一本の注文があつたので吉成酒店では日立市大久保町九八九番地においてガソリン、灯油その他工業用油等石油製品の販売業を営む被告人方(本宮石油店)に自家用分一本をも含めて灯油ドラム罐入り二本の注文をし、被告人はこれに応じ、これを当時、同市会瀬町酒商須田商店こと須田誠市方から注文を受けていた灯油ドラム罐入り二本と一緒に配達させるため同日午後二時三〇分頃前記店舗において店員萩谷俊昭を指揮し、井坂運送店店員井坂国男の運転する小型貨物自動車に燃料油入りドラム罐四本をいずれも灯油在中のつもりで積み込んだ上、これが配達方を右萩谷に命じ、同人は右井坂の運転で先ず右吉成酒店に至り、同店の分一本をおろし、次いで同店女主人吉成かねの指示により、喫茶店「ノーブル」に至り同店の分一本をおろして、これを前記物置場のたたきの上に運び込み、更に残りの二本を須田商店に運搬して引き渡し、それぞれ配達を終えたが右ドラム罐四本のうち二本は上部「鏡」の地が白く塗られガソリンの表示あるものであり、これが配達に当り萩谷は吉成酒店には灯油の表示ある灯油入りドラム罐一本を、須田商店には白地にガソリンの表示ある灯油入りのもの一本と、灯油の表示ある灯油入りのもの一本とをそれぞれ引き渡したものであつて、即ち喫茶店ノーブルに配達されたのは上部の地が白く塗られ、ガソリンの表示のあるものであつたこと。而して同喫茶店では、その後本件火災発生までの間に他からドラム罐入り燃料油を購入した事実はないこと、(以上12、35乃至41、45の(イ)46の(イ)(ロ)の証拠による。)を夫々認めることができ、これによつて見ると、被告人が昭和三七年一月五日吉成酒店を介してドラム罐入り灯油の注文を受け喫茶店「ノーブル」方に配達したドラム罐は、上部に白地に赤字で「日石ゴールドガソリン」と表示されたガソリン在中のものであり、同喫茶店従業員長尾友治がその内容を灯油であると信じて石油ストーブに給油したため、これに引火して本件火災を生ずるに至つたものといわなければならない。しかるに更に前掲証拠によれば

被告人方で取扱うガソリンは、通常仕入れ先からタンクローリー車で被告人方店舗へ配達され、地下タンクに貯蔵されるが、地下タンクに入り切らない残量があるときは、これをドラム罐に入れて屋外に貯蔵することがあり、また、販売に際し、地下タンクからドラム罐に詰めかえて売ることもあり、販売先から返戻されればドラム罐のままで屋外に貯蔵しておくこともあるが、ドラム罐には内容物がガソリンか灯油かを区別する表示がなされており、通常はガソリンの表示のあるドラム罐に入れておくが、ドラム罐不足の場合は必ずしもその表示に従わず、灯油の表示あるドラム罐にガソリンを入れ、逆にガソリンの表示あるドラム罐に灯油を入れることもあるなど表示と内容との一致しない場合があり、しかもガソリン入りドラム罐の置場と灯油入りドラム罐の置場とを截然区別せず、近接して並べて置くこともあつたこと。それ故、被告人は、前記吉成酒店及び須田商店注文のドラム罐入り燃料油四本を配達するに当り、その内容を点検したのであるが、右のうち「日石ゴールドガソリン」の表示ある二本中、一本の口を開けて中味が灯油であることを確認したのみで、他の三本の内容もすべて灯油であると軽信してこれが確認を行わず、店員萩谷俊昭を指揮してこれを配達せしめた結果、喫茶店「ノーブル」に対する前記誤配を生ずるに至つたものであること、(以上36乃至39、45の(ロ)(ハ)並びに47の(イ)(ロ)の証拠による。)もこれを窺うに十分であつて、かかる場合、ガソリン、灯油等燃料油の販売業務に従事する者は、危険物収納器(ドラム罐など)の外部の表示により内容物の品名、数量等を確認するに止まらず、各容器毎に蓋をはずし色、匂い等によりその内容物がガソリンか灯油か等を正確に吟味識別した上これを引き渡し、もつて販売先においてガソリンを灯油の用法に従つて使用することにより生ずる火災などの危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があることは、使用上危険を伴う商品の品質、性能(使用上の安全)に関しては専ら業者等専門家の鑑識指示に信頼しこれに従つてその取引が行われている現今社会機構にかんがみ、社会生活上当然の条理と言わなければならないところ、被告人は前記のとおりこれを怠り販売商品の品質確認を行わずガソリンを灯油と誤認してこれを喫茶店「ノーブル」方に配達し、よつて本件火災を発生せしめたものであるから業務上失火の罪責あるを免れない。尤も、前掲証拠上、右石油ストーブに給油するに際し、喫茶店「ノーブル」方支配人佐藤信夫はドラム罐から汲み取つた油に可成りのガソリン臭があることを感知しながら、ただ近くに居合せた同店従業員沢村清市に対し「ガソリンの臭がするが大丈夫か」と問い、「ガソリンである筈がない」旨の返答を得るや、それ以上の確認を行わずたやすくこれを灯油であると軽信し、長尾友治をして給油せしめたこと、長尾友治もまた右給油に際し石油ストーブの火を一旦消火することなく、その燃料タンクにある給油口の蓋を外ずし直径約一〇センチメートルの漏斗を給油口にあて補給燃料入一斗罐の底を持ち上げてこれを傾け、罐の口から直接右漏斗に油を注入する方法で給油を開始し、しかもその操作に慎重を欠き勢余つて給油中の油を石油ストーブの灼熱赤化していた燃焼筒に振りかけたため、本件火災を発生するに至つたものであること(以上、6乃至10、16、23及び28の証拠による)も明らかであつて火災発生の原因については被害者(喫茶店「ノーブル」)側従業員たる右両名にも、不注意の責あることは否定し難いところであるが、他面、もし被告人の過失による前記ガソリン誤配の事実がなく、注文通りの灯油が配達され、これが右石油ストーブの給油に使用されていたとすれば、(右佐藤信夫の不注意の如きは論外のこととなるばかりでなく)仮りに長尾友治に右給油の操作上叙上の不注意があつたとしても、前記認定の如く一瞬にして消火不能の火災を生ずるが如き事態は発生しなかつたものであること(28、31及び32の証拠による。)を認めることができるから、被害者側に叙上の不注意乃至過失があり、これが被告人の叙上過失と競合して本件火災を生ずるに至つたものであるとしても、被告人は自己の過失によるガソリン誤配により惹起した本件火災につき到底叙上の刑責を免れるに由がないものと言わなければならない。)而して前掲各証拠中、以上の認定に副わない部分は爾余の証拠と対比し、事理、経験則に照らして措信し難く、他に一件記録上右認定を覆すに足りる証拠はなく、却つて当審事実取調の結果たる

48、検証調書

49、証人萩谷俊昭尋問調書

50、証人井坂国男尋問調書

51、証人長尾友治尋問調書

52、証人五町昇尋問調書

53、証人佐藤英功尋問調書

54、証人弓削貞夫尋問調書

55、証人佐藤進尋問調書

56、証人人見昇尋問調書

57、証人須田誠市尋問調書

58、押収にかかるガソリン臭のする液体入りビールびん一本(当裁判所前同押号の八)

59、昭和三九年七月二八日付日立警察署長発水戸地方検察庁検事宛関係書類追送書(還付請書二通添付)

60、鑑定人西芳幸作成の鑑定書

によつても、右認定を裏付けるに足りこれに合理的な疑を容れる余地は存しない。されば、本件業務上失火の公訴事実は、その証明あるものと言わなければならないのに、原判決がその証拠不充分であるとして、被告人に対し無罪の言渡をしたのは、採証の法則を誤り事実を誤認したものにほかならず、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、検察官の論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八二条に則り原判決を破棄するとともに、同法第四〇〇条但書に従い被告事件について更に判決をする。

(罪となるべき事実)

本件起訴状記載の公訴事実と同一(但し、荻谷俊昭とあるのを萩谷俊昭と訂正する。)であるから、これをここに引用する。

(証拠の標目)

前掲1ないし60の各証拠

(法令の適用)

被告人の所為は刑法第一一七条の二、第一一六条第一項(第一〇八条)、罰金等臨時措置法第一項第一号、第二条第一項に該当するところ、本件火災はガソリン、灯油等燃料油の販売を業とする被告人が、商品の誤認販売による火災の発生の危険を防止するため必要不可缺でしかもたやすく果すことのできる商品確認の義務を怠つたために発生したものであつて、かかる危険品取扱上の安全確保については専ら業者等専門家の取扱に信頼しこれを基礎としてその取引が行われている現今社会機構においてこの信頼に背き危険商品の誤配により火を失し人の現在する建物を焼燬して多大の物質的損害を被らしめ、(二名の者に火傷を負わしめ)るなどの公共危険を生ぜしめた過失の罪責は重大であると言わなければならないが、他面同火災の発生については右燃料油の配達を受けてこれを使用した被害者側従業員の使用上の不注意が被告人の右過失と競合してその原因となつたものであることも看過し難いところであり、これと本件火災による物的、人的損害の程度、被告人の年令、経歴、業務運営状況、犯行後の心境、態度等諸般の事情を勘案の上、所定刑中禁錮刑を選択し被告人を禁錮六月に処するとともに情状にかんがみ、刑法第二五条第一項に則りこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り、原審及び当審における訴訟費用は全部、被告人にこれを負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小林健治 判事 遠藤吉彦 判事 吉川由己夫)

控訴趣意

原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないものと思料する。即ち原判決は「被告人は日立市大久保町九八九番地において本宮石油店を経営し、ガソリン、灯油及びその他工業用油等石油類の販売業を営んでいる者であるが、昭和三十七年一月五日午後二時三十分頃、吉成酒店ほか一店より注文を受けた灯油二百リツトル入りドラム罐四本を吉成酒店ほか二ケ所に配達するため、自店の貯蔵所より店員萩谷俊昭に手伝わせて小型貨物四輪車(運転手井坂運送店所属井坂国男)に積み込もうとしたが、同貯蔵所にはガソリン入りドラム罐と石油入りドラム罐が雑然と並べられており、同店においては以前からドラム罐不足のため、ドラム罐上部に表示されたガソリン、灯油等の表示を無視して自店においてガソリン、灯油等を充填して顧客に販売していたため、ドラム罐上部の表示と内容物とが必ずしも一致していない状況にあつたものであるから、このような場合石油類の販売業務に従事するものは危険物収納容器(ドラム罐)の外部に表示された内容物の品名数量等を確認するだけでなく、各ドラム罐毎に蓋をはずし、色、匂い等によつてその内容物がガソリンか灯油かを正確に識別したうえ売却運搬し、もつて購入先においてガソリンを灯油と同じ用法に従つて使用することにより生ずる火災の発生等の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、被告人本宮はその場にあつたドラム罐のうち一本だけ蓋をはずし灯油であることを確認したのみで他の三本はいずれもこれと同様に灯油が入つているものと軽信し、残り三本のドラム罐の内容物が灯油であることの確認をせず、四本のうちの一本にガソリンが入つていたことに気づかず、そのまま右自動車に積込み日立市助川東町一、八四五番地喫茶店ノーブルこと佐藤征利方にガソリン入りドラム罐一本を灯油であるとして配達させた過失により、同月十日午後六時四十分頃、右ノーブルのバーテン長尾友治がこれを灯油と誤信して、同店一階中央部において点火使用中のゼネラルヤオウ石油ストーブYK二〇〇型に右配達されたガソリンを注入しようとしたため右石油ストーブの火をガソリンに引火させ、よつて人の現在する佐藤進所有の右喫茶店の建造物(コンクリート三階建家屋一棟時価八百万円相当)を焼燬するに至らしめたものである。」との公訴事実に対し、無罪の言渡しをなし、その理由として、「本件捜査の当初における捜査官の先入主が禍して、当然取調ぶべき事柄を無視し、所謂被害者側たる佐藤一家及びその従業員の供述を鵜呑みにし、被告人側の誘導尋問に因る答えを安易に信用し、更に被告人の刑責を否定すべき有力な鑑定があり乍ら、これをも無視して、これに対する検討吟味を怠つたまま起訴したために、事の真相を見誤り、今日においては最早真相を明らかならしむる方法も見当らないと思われる程、証拠が矛盾、不可解に満ちたものとなつてしまい、結局証拠不充分として無罪の言渡をするより外仕方のない結果となつたのである。そこで本件公訴事実を分析すると、1被告人が配達させたドラム罐在中の液体は果してガソリンであつたか、2本件ストーブに注入された液体はガソリンであつたか、3仮りにガソリンであつたとしてそれが本件火災の原因を為しているのかの三問となるが、この公訴事実を否定すべき重大な疑問はこの三問に共通しているものである。よつてこれ等疑問点を中心として分説する。

(1)  先ず本件発覚の端緒を反省して見ると、昭和三十七一月十日付司法警察員巡査近藤和夫作成の「失火被疑事件捜査報告書」証人司法警察員巡査部長弓削貞夫、右近藤和夫の各証言及び佐藤一家の従業員佐藤信夫及び長尾友治の司法警察員に対する各昭和三十七年一月十日付供述調書(後者は謄本)並びに当裁判所の現場検証の結果を綜合すると、未だ本件発火原因がガソリンを灯油と誤認してストーブに注入した結果であるかどうか判明しないうちに、佐藤一家の者は挙げて本件発火原因はガソリンの誤注に外ならぬものときめてかかつていたことが充分窺われることと、捜査の常道として捜査本部は当然日立警察署に置くべきものと考えられるのに、火災当夜の取調べが所謂被災者の佐藤一家が経営する喫茶店エンゼルにおいて行なわれたと謂う捜査の不公正を疑わしむるに足る事実のあつたことを併せ考えることにより、本件捜査の方向は、佐藤一家及びその従業員の本件発火原因に対する何等か工作した謀略に乗せられて彼等の言うとおりに先入主を植え付けられてしまつた不純なものであつたのではないかとの疑問をどうしても否定することができない。

(2)  公訴事実に謂うところの被告人が配達させたとする日石ゴールドガソリンと頭部のところに大きく刻印した白色のドラム罐一本から最も大事な証拠とするためにその在中のガソリンと称する液体を汲み取つて領置した警察員は、領置調書(二通)の上では司法警察員巡査部長弓削貞夫であり乍ら、実際はその上司の五町昇警部補であつて、右弓削巡査部長はそのドラム罐から汲み出したと謂う瓶入りの液体を日立警察署で見て、これを鑑定に廻しただけであることが、はしなくも右弓削巡査部長の証言で判明したのである。しかしその後右五町警部補は証人として尋問を受けたところ、火災当夜自分が被告人に三本のドラム罐を指示したところ、被告人が配達させたドラム罐はこれだと指示し、而もそれから中味をビール瓶に汲み出したので、これを警察に被告人と共に持つて行つて弓削巡査部長に渡した旨証言しているのであるが、該ガソリンの任意提出者となつている佐藤一家の主宰者佐藤英功の息子佐藤征利の証言及び被告人の当公廷における供述では、右五町警部補がドラム罐から在中の液体を被告人に汲み出させたことはないと言うことになるのであつて、右五町証言をたやすく措信することは極めて危険である。加之、大体最も大切な証拠物の採集事実の証拠保全方法であるから、これに全く関与しない別の警察員をしてその者の名義で領置調書を作成せしめるなどということは、捜査の常道としてあり得べきことではない。従つてかような不公正な手続を敢えてせしめた五町証人の前記の証言も亦、この意味からして一層信用すること、特にこの証言をもつて本件の有罪の証拠とすることは採証上の常識に反するものと謂わざるを得ない。

(3)  公訴事実に謂う如く被告人の配達させた石油ガソリンであつたとする証拠としては尚被告人及びその命を受けて配達した萩谷俊昭が捜査段階において、本件出火後問題のドラム罐を見せられてこれが自分のところから配達したものであり、その中味はガソリンの臭がする旨を供述していることは両名の公判廷における供述からもこれを認められるが、いずれも今日になつては何だかよく判らないと述べている。しかして両名がかかる不利な供述をしたその根拠は、本件全証拠に照らして見て明らかなように、日本石油印のドラム罐入りの石油を日立市内で正式に取扱つているのは被告人方だけであるところからそう思つた、又そうであろうと思うと謂うに過ぎず、そして、そのドラム罐在中の液体がガソリンであることを認めたのは警察に呼ばれて佐藤英功方の庭先にあつたドラム罐の臭をかがされたことと、灯油のドラム罐が不足し、灯油をガソリンのドラム罐に入れて置くことがあつた事実からしてひよつとしたら自己の配達した石油は灯油でなくてガソリンであつたのではあるまいかと心配される節もあるところから、問題のドラム罐には特別のしるしもつけてないのに、五日もたつてから、捜査官の誘導尋問に乗つて、これを安易に認めていたに過ぎないのである。故にこの二人の供述を証拠として被告人方から配達された石油をガソリンであつたと認めることが経験法則上いかに危険であるかは謂うまでもない。然るに、捜査官においては、右(2) に説示した如き不公正、不手際な証拠採集に基づき、その採集した液体はガソリンなりとの鑑定をのみ頼りとして、その他もつと大事な事柄を深く反省捜査すべき点のあることに思い至らなかつたのではないか。

(4)  佐藤一家は、ドラム罐一本の灯油を本件被災建物のノーブル喫茶店だけでなく、エンゼル喫茶店、さのや洋品店等に暖房用として使用し、大体一週間内にドラム罐一本を使い果していた事実は佐藤英功の息子佐藤進の司法警察員に対する供述調書等本件証拠上大体間違いない事実であると認められる。然るに、公訴事実に謂う本件ガソリン入りのドラム罐がノーブル方に配達されたのは昭和三十七年一月五日であることも吉成源次の証言等本件証拠上大体間違いない事実と思われるのであるが、本件火災は同年一月十日であつて、その配達された日から火災の起つた日までには五日間あつたのである。そこでその配達された石油が灯油であつたとすれば、火災の起つた日には少なくともその在中の液体は半分以上減つていなければならない訳である。

然るに、これをストーブ給油のためドラム罐から汲み出したと謂う佐藤信夫及びこれを傍らで見ていたと謂う長尾友治の前掲供述調書並びに証言では、その汲み出したと謂うドラム罐はその時初めて開けたものであると言う。然らば警察では実況見分少なくともガソリン採集の際に、そのドラム罐には中の液体がそのときどの位あつたか、相当正確に検量して記録して置くべきであつたのである。然るに全然これをしていない。ただ係官が証言のときに相当の重さを感じたと言う程度のことしか述べていない始末である。だが若しその液体がそのドラム罐の半分程度にしかなかつたとするならば、その液体が灯油であつたと認むべき公算が強くなるし、或は又被告人方からガソリンが誤配されたのを奇貨としてそのガソリンを半分位すでに消費していたのではないかとも疑われるのである。前に述べたような発覚の端緒における危険性、警察における当初の取調べの不公正、証拠採集の不手際と証拠保全の不公正等と併せて考えて来ると、鑑定に出してガソリンであると鑑定された石油は、たとえば、佐藤一家の方で既に半分位に減つている右ドラム罐からか或は全く別の方面からガソリンを瓶に詰めて置いたものを警察に差出し、警察は安易にこれを取り上げて鑑定に廻したのではないかとの疑いさえ起つてくるのである。証人菅野喜久雄、佐藤征利の各供述の如く、ノーブルにあつたポンプとホースを使つてドラム罐から汲み出したとすれば、長尾友治がそのホースがないために一斗罐をぢかにストーブにあてがつた事と矛盾するし、仮りに事実だとしてもこれは五町警部補とは別に採集されたもので、それが鑑定に供されたかどうかは不明である。そして五町警部補の言う瓶に汲み出したとするその瓶の出所は不明である。

(5)  尚仮りに問題のドラム罐にはガソリンが入つていたものと考えても、それが直ちに被告人方から配達されたものであると速断できない理由の一つとしては、日立市助川町で、茨城シエル石油販売株式会社日立支店を経営している証人菊田志郎の証言で明らかなように、石油類は大量貯蔵が危険であるところからして、特別に許可を受けた貯蔵庫を持たない者に対してはドラム罐で販売してはならないことになつていたのである。然るに、佐藤一家ではかかる貯蔵庫がないのに拘らず、費用を安くするために灯油をドラム罐で仕入れてこれを前記各店に配分消費していたことは本件証拠上明らかである。而かも尚、喫茶店エンゼルには自家用自動車があつて、ガソリンを小口に買入れていた事実のあることも証拠上明らかである。従つてガソリンに限つてはドラム罐で買入れていたことはないとの佐藤側の供述をそのまま信じてしまうことは軽卒ではなかろうか。そこで、本件火災当時ノーブルにあつた石油の種類と量とが当然捜査されていなければならないのであるが、これ亦捜査が不徹底であつたため今日においてはこれを最早確定することは不可能に近いと思われる。しかもこれらの検討は、本件証拠上最も重大な点であるのに、その証拠はまちまちで洵に不可解であると謂わざるを得ない結果となつている。即ち、警察における現場の実況見分調書では、「本職は見分補助者佐藤信夫に発火当時ドラム罐を置いてあつた位置の説明を求めたところ、立会人は、ノーブルの南側で勝手場の西側のタタキのところに三本ともありましたと説明した」旨が記載されているのに拘らず、これに対応する見取図によれば、その第三図において、「空のドラム罐○、ガソリン入りのドラム罐○」と記載されて居つて、明らかに三本ではなく二本しか書いてない。更に右佐藤信夫は同調書において、発火後現場附近の佐藤英功方の庭先に置いてあつたドラム罐三本が右タタキのところにあつたのであり、本件給油したガソリンはそのうちの一本のドラム罐から汲み出したのであつて、それはこれであるとして、日石ゴールドガソリンと刻印した白色のドラム罐一本を指示している。そして、その実況見分の行なわれた昭和三十七年一月十一日の前日である一月十日付の右佐藤信夫の司法警察員に対する供述調書では、右見取図と同様ドラム罐は二本あり、そのうちの一本は空であつたので、他の新しい一本を明けて、その在中の液体をストーブに長尾友治をして給油させたところが、それはガソリンであつた旨を述べているし、公判廷における証言でも全く同様のことを述べている。そして、右長尾友治も、司法警察員に対する火災当夜たる昭和三十七年一月十日付の供述調書では、ドラム罐の数は二本で、うち一本は空であつたと述べて居り、公判廷における証言でも最初のうちは、右のとおり二本と述べていたが、後で三本と供述を変更するようになつた。更にノーブルのマスターと称する佐藤進の司法警察員に対する昭和三十七年一月十一日付の供述調書では、右佐藤信夫の供述及び長尾友治の最初からの大部分の供述と同じく、ドラム罐の数は二本で、うち一本は空になりかけていたが、いずれも被告人のところから購入したものである旨を述べ、その後、昭和三十七年四月三十日付検察官に対する供述調書では、ドラム罐の数を三本と変えて供述しているが、そのうち二本はいずれも空であり、三本とも被告人方から購入したものである旨の供述をしている。そして第一回証言のときにも、三本である旨を述べている。然るに、前掲警察の実況見分調書では、佐藤英功方庭先にあつた三本のドラム罐のうち一本はガソリンを入れたもの、他の一本は空であることまでは理解できるように書いてあるが、他の一本の内容品の有無、性質については何も記載がないので全く不可解であつたのであるが、前記五町警部補の証言では、はしなくも他の一本にはまだ半分位中味が入つていたと言うことが暴露したのである。その後前記日立消防署で作成した実況見分調書を取り寄せて見ると、矢張り右五町証言と同様のことが記載されて居り、三本のうち、一本にはまだ中味が半分残つて居り、而もそれは灯油らしいことが判つて来たのである。そこで警察では佐藤側を取調べたらしく、その後における佐藤進の証言では、三本のうち一本は日石のゴールドガソリンで、他の一本は丸善石油の灯油で、これは茅根弘道なる友達から買つてくれとすすめられて買つたものであり、残り一本はシエル石油であつて、それは内容は灯油であり、而も被告人方から購入したもので、その中味が本件発火当時半分位残つていて、ノーブル裏のタタキの上か、或はその前の舗装道路の上かに置いてあつた旨前言を飜えして全く新しい事実を供述するに至つたのである。ところがシエル石油を被告人のところでは販売していないことは被告人の供述で認められるばかりでなく、シエル石油の販売店主たる前記証人菊田志郎の司法警察員に対する昭和三十七年十一月二十一日付供述調書では佐藤側にシエル印の灯油を販売したことはあるが、ドラム罐で販売したことはない旨が述べられている。然らば佐藤進の言うシエル印の灯油で本件発火当時半分も中味が残つていたと謂うドラム罐は一体何処から入手したのであるか。これは当然佐藤進等佐藤一家の者が知つているところではないかと思われるのであるが、何故真実を述べないのであろうか。ここらに本件の真相を解く鍵が伏在しているのではないかと考えられるのである。

(6)  かくの如く事実若し本件発火当時ノーブルにあつたドラム罐のうち、灯油がまだ半分も残つていたドラム罐があつたとするならば、本件給油に当つたと謂う証人佐藤信夫及び長尾友治が一本空であつたため一杯つまつていた(日石ゴールドガソリン)ドラム罐をあけてその在中の液体をストーブに給油したところ、本件火災になつたと謂う証言は根本的に疑わなければならないことになつたのである。そこで長尾友治を更に尋問したところ、前言を飜してドラム罐の数は三本であつたと供述を変えたのである。而も尚そのうち、一本だけ空で、あと二本は「満タン」である旨を述べ、更に、それはただ佐藤信夫から聞いただけだと言い、他の一本が一杯入つているのに何故それを明けないで日石ゴールドガソリンと刻印した一本を明けたのかについては、すこぶるあいまいな供述しかできなかつた。又証人江田賢治の第二回尋問中に証人長尾友治に対して出問したそのときの同人の供述では、佐藤信夫がドラム罐から在中の液体を汲み出しているのを見て居つたが、その頭のところの色は見えたけれども白色ではなかつたことを覚えている旨の証言をしている。若しこの証言が真実であるとすれば、被告人方から配達されたドラム罐から取り出した液体で本件ストーブに給油したところ本件火災となつたのだと謂う佐藤信夫の供述等を中心とする被告人に不利な証拠は全く覆つてしまうことは明らかである。更にこの疑いを強からしめるものとして、証人佐藤征利の証言によれば、本件発火直前の時刻頃においてノーブルの裏手のタタキに在つたドラム罐の頭の色や文字はまだ見えるのであろうことが充分窺えるし、証人佐藤進の証言によれば自分は被告人方からガソリンと表示されてあるドラム罐が配達されて来ているが、その中味は灯油であることをその配達人から聞いているので、このことを佐藤信夫にも告げてあるとのことであるが、(配達人側の裏付証拠はない)同人の証言並びに前記の供述調書では元来エンゼルの支配人であるのを本件発火当日臨時にノーブルに来て手伝つた者に過ぎないことは述べているが、佐藤進から左様なことを聞いているとは少しも述べていない。この矛盾は、佐藤信夫がガソリンを灯油と見誤つたことを補強せんとする工作から出た供述の喰違いとも考えられ、更に佐藤信夫がバーテンの沢村清市に対してこれはガソリン臭いがさうじやないかと尋ねたことの補強にもしようとしたのではないかとも考えられる。しかし、この沢村清市証人は、前に二回公判期日に出頭しないで居つて、やつと日立に出張した際に出て来たものであり、同証人の佐藤信夫の証言と合致する点に対する信用度はそれだけに低いものがあるところへ、他に灯油が半分も残つているドラム罐があつたとなれば、尚更この証言は怪しいものとならざるを得ない。ところが、右沢村清市の証言で又公訴事実を否定し去るに足る疑わしい新事実が現われるのである。それは常にノーブルの階下の洗面所の脇には石油を入れる一斗罐が四つ位置いてあり、本件発火直前にもあつたと言う事実である。しかるに、それまでの証拠にはこのことは全然出て来なかつた。而も同証人はあらかじめドラム罐からそれ等の一斗罐に石油を汲み出して置いておき、それをストーブに給油していたし、当日もその一斗罐には中味が入つていたと述べ、かような便利な状態になつていたのに何故佐藤信夫が金鎚まで持ち出し一旦ノーブルの建物の外に出てその裏に在る新しく来た問題のドラム罐を叩いて開けたのかは分らないとの趣旨を述べているのである。そして、一斗罐が右の所に沢山あつたかどうかについては警察の実況見分調書にも全然記載されていないし、添付写真を見ても見当らないし、日立消防署の作成した前記実況見分調書にも書かれていない。そこで佐藤進は第二回の証言では、証人沢村清市の証言のとおり石油汲み出し用の一斗罐が数個あつた旨の新しい供述をしたのである。しかし乍らその一斗罐はどうなつているかについては全然分らないと述べている。そして、本件問題のドラム罐は勿論、他の二本も捜査当初には存在していたが、その後はどうなつてしまつているのか判然したことは不明になつている。

(7)  それまでに提出された検察官側の立証の中で被告人に不利な証拠としては以上の外には何もなかつた。特に日立消防署の実質的には鑑定の内容を有する回答書には、本件発火原因は、灯油を給油したものと認めても、燃えているストーブの火の上に灯油を操作上過つてかけたのであるから充分発火の可能性があり、特にこれを給油した長尾友治の操作上の過失こそ本件失火の原因であつて、若しそれがガソリンであつたとしても、その操作上の過失がなければ本件火災は起らなかつたであろうとの、全く公訴事実を否定し去るものが記載されて居り、起訴状には書いてないが右長尾友治の給油操作上の過失のあることは明らかであるのに拘らず、これが鑑定を打ち破るだけの鑑定をさせていないまま、右回答書が検察官から証拠として提出されたのである。更に弁護人申請に基づく該回答書の内容を自ら作成した証人江田賢治の第一回証言によつても右鑑定は実験に基づく相当な合理性を持つものと考えられたのである。そこで当裁判所は、検察官の申請を容れて本件ストーブ、一斗罐等の証拠物と一件記録を資料にして東大教授に本件発火原因等につき鑑定を求め、更に鑑定書に疑問があるところからして、同教授を尋問したのである。その結果は、本件給油されたものはガソリンと認める公算が大で、然らばたとえ給油操作上の過失があつても、灯油をガソリンと誤つて販売した被告人にも過失の責任があると言うことになつたのである。しかし、本件ストーブにその火の燃えているところへ操作上過つてガソリンをかけた場合と、灯油をかけた場合との相違をきめる証拠の一つとして、右教授は八欧電機株式会社に電話で照会したところ、誰であつたか名前は聞かなかつたが、同会社では本件と同型のストーブにガソリンを給油した上で点火する実験をしてみたところ間もなく爆発して発火した旨の電話による回答に接した旨を述べていて、最も大事な点につき、かかる伝聞証拠を根拠としているので、勿論この点は証拠排除の決定をしたが、一方八欧会社側に当裁判所から公文書でこの実験の有無等を照会したところ全く実験の事実はない旨の文書による回答に接した。更に又、同教授は鑑定の結果、証拠物の一斗罐の内側にはすすがあり、更にこれにはガソリンの中にある鉛分が相当検出されたのでこの一斗罐の中にはガソリンが入つていたものと認める公算が大であるとしているけれども、当裁判所から日立消防署に対し、更に以上二点について照会した結果、同署の前記江田証人は、特に又詳しい実験を繰返して、本件ストーブにその火の燃えているところへ操作上過つてガソリンをかけた場合と灯油をかけた場合と、発火の力に変りのないことを確かめ、又一斗罐の内側には口金はハンダ付けされ、外部のハンダ付けも燃焼により内部に浸透することが明らかで、当然そのハンダには鉛分があるから、燃焼により鉛分を含有するすすができる訳であつて、かかるすすが検出されたと謂うだけの根拠では、この一斗罐にガソリンが入つていたと断定することはできない筈であるとして、現に街に売られていて実験に供した一斗罐の断片を証拠物として提出している。両鑑定の対立する主なる点は以上のとおりであつて、いずれをもつてより正しいものであると断ずべきかは非常に難しいところであるが、それだけに東大教授の鑑定をもつて被告人に不利益な証拠とすることは極めて危険であることは明らかである。

(8)  その他証人佐藤征利の証言では、本件発火当時佐藤信夫はノーブルに居たことはない筈であるとのことであり、若しこれが真実であるとすれば尚更検察官側の証拠は崩れ去ることになる。尤も佐藤進は右征利の供述は誤りである旨を証言しているし、他の証人も佐藤信夫が居たことを述べてはいるが、長尾友治の第一回証言では、本件給油に立会つたのはノーブルのマネーヂヤーであると言い、佐藤信夫ではないと証言していたところ、その最後になつて検察官が佐藤信夫と面接させて尋ねたところ、そのマネーヂヤーとはこの人であるとやつと認めた状況であつたことや、本件発火のため長尾友治は焼傷を受けているが、その極く近くにいた佐藤信夫には怪我をしたと謂う証拠がないこと等から考えると、必ずしも右征利の証言は無視できないのではないかと思われる外、尚前記の如き数々の疑問の点を氷解させる一つの方法としては、佐藤信夫の再尋問をすることが必要であるので、当裁判所では同人の所在を再三調査して見たが、ついに今日に至るまでその所在は不明となつている。

結局、本件は、弁護人所論のとおり、佐藤側の何等かの工作に基づく事件であるかどうかは勿論判明しないところではあるが、何処をどう考え直して見ても不健全な捜査のため事件の真相を逸してしまつたとする疑いは消すことができない。要之、本件は証拠不充分につきるので、刑事訴訟法第三三六条に則つて無罪の言渡をする」としている。然しながら右判決には以下に述べる理由により重大な事実誤認がある。

第一、原判決は要するに本件火災は被告人が配達させたガソリンによつて発生したものと認める証拠が充分でないことを理由に無罪を言渡しているものであり、その冒頭において疑問とする三点を挙げているので、まず原判決が掲げているその項目に従つて証拠関係を検討する。

一、「被告人が配達させたドラム罐在中の液体は果してガソリンであつたか」原判決が第一の疑問として掲げているこの点については証拠上ガソリンであつたことは明白である。即ち証拠によつて次の諸事実が認められる。

1 被告人は昭和三十七年一月五日被害者佐藤進の経営する喫茶店ノーブル方にドラム罐入り燃料一本を配達させた事実。同日佐藤進から命ぜられたノーブルの支配人佐藤信夫が、電話でかねてから灯油を買入れている吉成酒店に灯油ドラム罐入り一本を注文し、更に吉成酒店は三十六年頃より(記録五九四丁)取引をしている被告人経営の本宮石油店に注文した。折柄正月仕事初めの日であつたため、手不足も手伝い、被告人が直接この注文に従い。店員の萩谷を指揮し、井坂運送店々員井坂国男の運転する貨物自動車ダツトサン六二年型茨四九八六七号(記録六七丁裏)に井坂と三名で積み込み配達するよう萩谷に命じ自分は店に残つた。萩谷、井坂の両名は吉成酒店に運んだが(記録六七丁~九二丁)、同店の女主人吉成かねの指示で(記録一二七丁)本宮石油店から積んできたドラム罐一本を、そのままノーブル方の店の裏のコンクリートのたたきにおろした(記録七六丁裏)ものである。

2 一月五日右の如くして被告人方からノーブル方に配達されたドラム罐の上部は、白色に塗られ、日石ゴールドガソリンと表示されていた事実。当日は前記一本も含め計四本のドラム罐入り灯油の注文を吉成酒店他一ケ所よりうけ、同時に右自動車に積み込んだが、直接これに手を下した一人である萩谷の証言によれば、被告人の指示で積み込んだ四本中二本は、上部が白く塗られていたことが明らかである(記録四八六丁)。しかも当日の配達状況をみるに萩谷俊昭は、まず吉成商店でドラム罐一本をおろし、次いでノーブル方に行きドラム罐一本をおろし、更に須田商店に廻ってドラム罐二本をおろしたというのであり(記録七六丁)、本件火災後搜査したところ。当日被告人方から須田商店方には、白地にガソリンの表示で灯油入りの一本、灯油の表示で灯油入り一本、吉成商店には灯油の表示で灯油入り一本と各ドラム罐が配達されたものであることは明らかである(記録一三〇~一三二丁)。従って佐藤進が、『食堂脇の土間に(記録六七二丁)白い配達されたドラム罐のあるのを火災当日の午前中もみたし、その四、五日前からおいてあるのをみた(記録六七四~六七五丁)』旨の証言をまつまでもなく、ノーブル方に配達された一本は、上面が白く塗られそこに日石ゴールドガソリンと表示されていたことは明らかである。

3 本件火災当日、現場に、上面が白く塗られ且日石ゴールドガソリンと表示されたドラム罐が一本あつた事実。一月十日本件火災当日ノーブル方には、同店南側勝手場西側の土間にドラム罐一本計三本あつたことが認められる(記録六七三丁)。しかもこれは、本件火災により消火作業に従事したものの手により、いずれも一旦路上に運び出され、鎮火後佐藤英功方便所脇に三本とも集積されたものである(記録五二丁裏、三二九丁)。この三本中一本だけが白塗りで且日石ゴールドガソリンと表示されていた(記録五二丁裏)。

4 このドラム罐の内容物を領置し鑑定の結果ガソリンであることが明らかとなつた事実。この日石ゴールドガソリンと表示されたドラム罐の内容物は、約一斗罐一杯分位(一八立位)汲み出しただけの中味があり(記録五三五丁裏)、これを火災直後現場において、五町警部補が佐藤征利、被告人等を立会わせたうえで、約五〇CC採取してこれを任意提出をうけ、これに荷札をつけて部下の弓削巡査部長に領置させたことが五町証言(記録二七二丁~二七三丁)及び任意提出書、領置調書(記録一〇四丁~一〇五丁)等によつて明らかである。しかもこれを県警鑑識課に鑑定嘱託し、その結果ガソリンであることが明らかとなつている(記録一〇四丁~一〇六丁、一一〇丁裏、二三九丁裏)。以上によつて判示第一の点については、既に証明十分と思料するが、原判決はこの点多分に疑問をさしはさんでいるため、なお念のため二、三の点について補足する。

5 被害者方の石油類取引先の中で、ドラム罐に日石ゴールドガソリンと表示したものを取扱つているのは被告人方しかない事実。佐藤進の証言によつて明らかとなつた、被告人方以外の取引先である仲之蔵商事株式会社の専務取締役茅根弘道は、ドラム罐で灯油を売つたことはあるが丸善石油のツバメ灯油であること(記録八四五丁裏)、及び茨城シエル石油販売株式会社日立支店長菊田志郎は、シエル石油を扱っており(記録三七三丁)いずれも日石ゴールドガソリンの表示のあるドラム罐は使用していないと述べている。

6 右両店とも被害者方へドラム罐入りのガソリンを売つたことはない事実。茅根弘道の司法警察員に対する供述調書(記録八四四丁裏)及び菊田志郎の司法警察員に対する供述調書(記録八四一丁)によつて明らかである。

7 ノーブル方ではガソリンを一斗罐やドラム罐で購入したことはない事実。佐藤方には当時乗用車プリンス一台とスクーター一台があり(記録六五八丁)、この燃料としてガソリンを使用しているが、必ず茨城シエル日立支店のガソリンスタンドに車をもつて行き給油しているものであり(記録八四一丁)、それ以外に容器に入れてガソリンを購入したことがないことは、佐藤進の証言(記録三三丁裏)佐藤征利の証言(記録六五八丁裏)坂本正一の証言(記録三六八丁裏)沢村清市の証言(記録二九四~二九五丁)及び被害者側からみれば第三者である菊田志郎の証言(記録三七四丁裏)等によつて明らかである。

8 一月五日に被告人方から灯油を購入した後、本件火災までの間他からドラム罐入りの燃料を購入したことはない事実。この点は佐藤進の第二回証言(記録六六六丁以下)等によつて明らかであり、従つてまた被告人方から配達されたドラム罐は他へ移動したり交換したことがないことも明らかである。

以上を綜合すると被告人方から一月五日ノーブル方に配達されたドラム罐にはガソリンが入つていたことは明白である。被告人方ではガソリンの販売もしており、通常ガソリンは販売元からタンクローリー車で被告人方へ配達され、地下タンクに貯蔵されるのが常であるが、残量があつて地下タンクに入りきれない分をドラム罐に入れて屋外に貯蔵することがあり(記録八八三丁裏~八八四丁)、また地下タンクからドラム罐にガソリンをつめかえて販売することもあつて、販売先から返戻されれば、そのままドラム罐で屋外に貯蔵しておくこともある(記録八六六丁裏)。しかもドラム罐には、ガソリン、灯油を区別した表示がなされており、普通はガソリンはガソリンの表示のあるドラム罐に入れておくが、ドラム罐不足のため必ずしもその表示に従わない場合がある(記録八六五丁裏~八六六丁)。本件はこのようにして、表示と内容が不一致のものも含まれていることに十分注意しなかつたため、ガソリンの表示のある二本中須田商店に運ばれた一本のみ中味をたしかめただけで、全部灯油と誤信してしまつた被告人の指揮で、灯油の注文をした被害者方へ配達されてしまつたものである。原判決は後述の如く、本件火災直後ノーブル方にあつた三本のドラム罐中の一本だけが白塗りで日石ゴールドガソリンと表示したものがあつたとしても、特別なしるしがしてないので被告人が配達せしめたものとは認められない旨判示しているが、以上述べたような諸事実を綜合すれば被告人と本件発火原因たるガソリンとの結びつきは証明十分というべきである。もしもなお不十分であるというならば、仮りにドラム罐に特別なしるしをつけたとしても、それは被告人とドラム罐との結びつきは良いとしても、内容物との結びつきまでの証明はないということになるのだろうか。前記1乃至8にあげた直接事実及び間接事実がありながら、本項についての証明不十分であるとするならば、事実の証明は合理的な蓋然性によることを否定するものであつて、採証法則を誤つているものである。

二、「本件ストーブに注入された液体はガソリンであったか」

原判決が第二の疑問として掲げているこの点については、証拠上ガソリンであつたことが明白である。即ち証拠によつて次の諸事実が認められる。

1 本件火災直後長尾友治に、同人が石油ストーブに給油した燃料を汲み出したドラム罐を指示させたところ、前記被告人方から配達されたガソリン入りのドラム罐を指示した事実。昭和三十七年一月十日午後六時三十分頃、いつもの如く昼と夜の客の交替時期で、店内に客が少くなつたのでマネーヂャーの佐藤信夫の指示で、ボーイの長尾友治が一斗罐をもつて勝手場の南側のドラム罐置場に行つた(佐藤信夫の司法警察員に対する供述調書《記録九六八丁以下》)。沢村清市の同調書《記録九七七丁以下》長尾友治の同調書《記録九八四丁以下》。この状況を更に詳細に検討するに、長尾友治の証言によると、今迄使つていたドラム罐が空になつているので、佐藤信夫と協力して手前に並んでいた本件ドラム罐の口をあけ、佐藤信夫が手押しポンプで一斗罐に移し(記録五〇一丁裏~五〇二丁裏)、これを長尾がもつて店内の石油ストーブに給油しようとしたものである。従って両名とも当該ドラム罐の特徴を把握していた筈である。であるからこそ、鎮火後佐藤英功方の便所脇で、近藤巡査から三本のドラム罐を示されたとき、自分達が汲み出したのはこれであると指示できた(記録三八三丁)わけであり、このようにして指示されたものが、前述の如く被告人方から配達されたドラム罐であつた。成る程その後法廷においては、両名ともドラム罐の上面が白色に塗つてあつたか否か、またそこに日石ゴールドガソリンと書いてあつたかどうかを尋問された際、言葉を濁していた(記録四七六丁裏、五五七丁)けれども、その証言の全趣旨をみるに必ずしも白色のものではなかつたと否定しているものではないし、既にそれは日時を経過して記憶もうすれ、且現物を示されないで尋問されている原審法廷における証言と、近藤巡査に対し現物をまえにして前記の如き状態で指示説明した場合との供述内容の正確性については、後者のそれが正確であることは論をまたない。近藤巡査が長尾に指示させた場合誘導尋問等した形跡は全くなく(記録三八〇丁以下)、長尾も一々中味をたしかめたりせず三本示されたうち右ドラム罐を直截に指示している点も、その信憑性の大であることを示している。

2 長尾友治、佐藤信夫等の指示した右ドラム罐には、ガソリンが、しかも一斗罐一杯位を汲み出したと認められる残量があつた事実。鎮火後佐藤方にドラム罐が三本あつたことは前述のとおりであるが、その内容物と容量を江田消防士長が検量しており、一本は空罐、一本は灯油が約半分、一本はガソリンが入つており一斗罐一本位とつた位だつた(記録五三五丁裏)というのであり、長尾等が当日はじめて封をあけ一斗罐に汲みとつたと言う点と完全に一致しており、長尾の証言の信憑性はここでも担保されている。

以上によつて長尾友治、佐藤信夫はガソリンを汲み出したことが明らかであり、既述(第一の一)の諸点と綜合すると、これが被告人方から運ばれたガソリンであつたことも明白であるが、更に以下二、三の点を補足しておきたい。

3 東大教授安東鑑定書結論第四項(1) (記録四一九丁)に明らかな如く、本件一斗罐の内壁附着物を分析した結果、ガソリンが入つていたことが認められる事実。即ち本件当時のガソリンは、四エチル鉛を添加されているもので、日石ゴールドガソリンもその例外ではない。本件現場で領置した、(記録一〇一丁~一〇二丁)長尾が本件出火当時給油に用いていた一斗罐の内壁の附着物を鑑定の結果、鉛が検出され『罐の材質自身よりも明らかに多量の鉛が検出されたことは、火災直前に罐内にあつた油の全部又は一部が加鉛された自動車用ガソリンであつた公算が多いものと認める』と鑑定され、しかも同鑑定人の証言によれば一斗罐製造技術の進歩からみて、一斗罐の外周にハンダづけに用いられている鉛が『蒸発してもまわりまわつて石油罐の口から入ることもありえない』(記録七一一丁)し『内部に滲透することもない』(記録七一一丁裏~七一二丁、七三一丁)ことが明らかとなつている。

4 日立消防署長作成の火災原因判定書も、長尾の供述が信憑性のあることを認めている事実。長尾は、ガソリンをガソリンと知らずに燃焼中のストーブに給油した旨を消防士に申立てており、それが現場の焼燬状況、石油ストーブの状況等からみて信憑性のあることが明記されている(記録一五五丁裏)。長尾の右供述は公判廷においても終始変つていない。

5 長尾友治が石油ストーブに給油しようとして発火した際ガソリンの焔により顔面と手に全治十日間の火傷を負つている(記録一七四丁)事実。給油するに当り灯油と信じ危険性を全く予測していなかつたために火傷を負つたものであることは十分推測されるところである。以上の諸点を綜合すると、長尾友治、佐藤信夫が給油するとき汲み出したのはガソリンであり、これを長尾が灯油と信じて給油したものであることについては疑問をさしはさむ余地がない。

三、「仮りにガソリンであつたとして、これが本件の火災原因をなしているか」。原判決が第三の疑問として掲げているこの点については、これが火災原因となつていることは明白な事実であるが、要は単にそれに止らず『灯油であつたなら本件火災に至らなかつたにも拘らず、ガソリンであつたが故に本件火災となつたか否か』を考察しなければ本件の核心に触れたものとは言えないと思料する。即ち、直接の出火原因に長尾等の過失もあるが、その事実を前提としながら、なお且被告人に本件火災の刑事責任を問いうるか否かを因果関係の点から検討するため、本項においては、右判示を一歩進めて検討するわけであるが、この点についても、灯油であれば本件火災に至らなかつたにも拘らず、ガソリンであつたがために火災に至つたものであることも明らかとなつている。まずこれを論証するにあたりその前提となる事実関係を左の証拠によつて明確にしておきたい。長尾友治の司法警察員に対する供述調書(記録九八四丁)証言(記録一六四丁、四九六丁)佐藤信夫の司法警察員に対する供述調書(記録九六八丁)証言(記録一八六丁)沢村清市の司法警察員に対する供述調書(記録九七七丁)火災原因判定書(記録一五四丁)を綜合すると一月十日も当日午前十時頃から(記録九七九丁)、石油ストーブに点火して使用していたが、午後六時三十分頃給油すべく長尾友治と佐藤信夫がドラム罐から一斗罐に移したガソリンを、ガソリンと知らずに長尾が同店内の石油ストーブに給油しようとして、最初に本件のゼネラルヤオウ石油ストーブYK二〇〇型から給油を開始した。ところが普段使つていた一斗罐よりストーブに給油するポンプがみあたらないまま、直径約十糎の青色のビニールのじようご(記録九九四丁、一五五丁)を石油ストーブのタンクの給油口にあてて、しかも燃焼筒の火を完全に消火せずに、一斗罐を持ちあげて傾けながらホース等使わず、直接じようごをとおして給油したものであるが、その際勢あまつて一斗罐の口から飛出したガソリンが、片手に少し多い位(記録一七三丁)乃至コツプ約半杯(記録五一〇丁)を燃焼筒にかけてしまつたものである。即ち被害者側に、このような長尾友治の石油ストーブの操作即ち給油の不慣れから来る拙劣さがあり、この点において若干の過失があつたことは認められるが、以下に述べる理由によつて、本件と同一条件の場合、灯油であれば必ずしも本件火災には至らなかつたものであるに拘らず、ガソリンであつたがために、本件火災の出火原因となつたものであることが明らかである。

1 一般的抽象的にみてガソリンの方が灯油よりも極めて発火の危険性が大である事実。ガソリンと灯油の引火点については、茨城県警察本部作成の鑑定書(記録一一〇丁裏)及び安東鑑定書(記録四一一丁、四一二丁)のとおりであり、一見してその危険度が異り、ガソリンの方が比較にならぬほど大である。しかもガソリンも灯油も気化してはじめて燃焼するものであることも考え併せた場合、全く論をまたないところである。

2 次に本件の諸条件を具体的に考察した場合、直接の給油者である長尾友治の行為には、ストーブの消火をせずに給油した点と燃焼筒にかけた点との二点において過失があつたので、これを分けて検討してみる。(イ)本件の如くストーブの火を消火せず給油したが、じようごを通して完全にタンクの中に給油し外部に洩らさなかつた場合。灯油であれば発火しないが、ガソリンであればタンク内ことに給油口附近の空気にふくれている部分に、燃焼筒の火が引火し、タンク内に給油中のガソリン及びこれと連なつている一斗罐の口までのガソリンに引火し、出火することは明らかである。安東鑑定書の結論第一項(記録四一七丁裏)によれば、『本件ストーブにガソリンを使用した場合、タンク内にガソリン蒸気がまもなく相当量発生し、燃焼中の焔から引火する可能性が多分にある』とされている。これは給油に際しストーブを正常に操作した場合を指している。

即ち給油口の蓋をしめている場合において、なおかくの如しである。本件では点火したまま注油しているのであるから、給油口は完全に空気にさらされているわけである。しかもタンク内に逐次給油されているガソリンは常に気化されており、且そのうち燃焼筒につながつている先方は燃焼中である。しかもこれは一方給油口にもタンクを通して完全につながつているわけで、しかも給油口が空気中の酸素にふれているのであるから給油中も気化をつづけている給油口附近のガソリンに引火することは明らかである。(灯油の場合はこのようなことが起らないことについては、従来から灯油を給油しているときは、点火したままでも発火しなかつたという長尾証言《記録一七〇丁裏》沢村証言《二九五丁裏》等によつても明らかである)。従つて、本件における如き長尾の給油方法であれば、燃焼筒に洩らさなくても出火することは時間の問題にすぎなかつたわけである。(ロ)仮りに(イ)による出火でないとしても、本件は燃焼筒に前記の量を誤つてかけてしまつた物質が、ガソリンであつたからこそ出火したのであつて、灯油であつたら本件火災にならなかつた事実。出火時の状況は、佐藤信夫、沢村清市等も夫々目撃してはいるが、いずれも長尾とは離れた地点におり、具体的な状況は長尾友治一人しか判らない状況にあつた。

そこで長尾の証言、供述調書を検討すると、燃焼筒の上部の「とろ火」でもえているところに(記録五一〇丁裏)《第一回目に燃焼筒の脇で「火のところにも少しはねました」(記録一八二丁裏)と証言したのを訂正している》かけたときボツト音を立てて発火したというのである。これは右(イ)の状況で発火する時期に達していたので発火したのか、燃焼筒の上にかけたために発火したのか不明であるが、後者であるとしても灯油なら引火しにくい。この点について安東鑑定書結論第二項(記録四一八丁裏)に、『本件個所にかければ灯油でも引火の可能性は多分にある。然し放火などの目的で多量の灯油を一時にかけない限り非常に大きな焔を生ずるとは認められない』としている。同鑑定書及び同鑑定人の証言の全趣旨(特に記録七一九丁からして、『多量の油』とはコツプ半杯位のものは指していないこと、『非常に大きな焔』とは本件の如く一瞬にして天井までも達するような焔を指していることは、いずれも明らかである。そして同鑑定は、本件公判廷にあらわれた全資料、勿論消防署長作成の火災原因判定書をも検討したうえで『実験結果からして検察官の主張する如くガソリンが灯油とまちがえられて注油されたことが本件失火の原因となつたものと推定する』(記録四二〇丁)と明確に結論づけているのである。以上によつて明らかな如く、証拠上被告人が配達させたドラム罐の中にガソリンが入つており、これをノーブル方では灯油と信じて給油したため出火するに至つたものである。しかも給油に際し、長尾にも操作上の過失はあつたが本件においては注文通り灯油が配達されていれば、本件の如き瞬時に消火不可能のような大火災に至らずにすんだことも明らかであつて、結局公訴事実は証明十分である。

第二、然るに原判決は、更にその冒頭において「この公訴事実を否定すべき重大な疑問は、この三問に共通しているものである」と判示して(1) 乃至(8) の項目を掲げて詳細に論じているが、その内容を検討し、且証拠と対比した場合、成る程捜査官に捜査上多少の欠陥があつた点も存するが、それ等は本件の実体的真実発見に直接影響のあるほど重大なものはないのに反し、原審裁判官がこれを重大視して争点を拡大したため、かえつてこれに眩惑され、それが重大な証拠の取捨撰択の誤りをまねき、加えるに、これにもとづいた事件の真相からはずれた予断とが錯綜した結果、重大な事実誤認を招来するに至つていることが明らかである。以下証拠にもとづいて逐一これを論証する。

一、原判決冒頭部分について。冒頭部分の趣旨は捜査の不徹底を指摘されている如くに窺われるが、「被告人側の誘導尋問に因る答えを安易に信用し」とは、本件のどの部分を指しているのか全く不明である。「更に被告人の刑責を否定すべき有力な鑑定があり乍ら、これをも無視してこれに対する検討吟味を怠つたまま起訴したため、事の真相を見誤り」と判示されている点については、起訴前に検察官が本件公判で申請して得た安東鑑定の如き、日立消防署の火災原因判定書を打破るべき鑑定を命じ、その結果を得て後起訴すべきであり、ここまで裁判所の手を煩わせるべきでないとの意味なら、その限りにおいて判示は理解できるが、その余の意味があるとするならばそれは見当違いである。若しこのような被告人に有利な証拠を検察官が隠匿したということなら、その不当性を責められても止むを得ないが、これとても本件においては全くその逆であつて、第一回公判期日に検察官から進んで証拠申請をしている(記録一七丁)のである。その理由はこの内容を充分検討した結果、その結論部分にあたる『以上を綜合して本件原因は石油ストーブの火を止めないで燃料を給油中誤つて燃焼バーナーに燃料をこぼしたために引火したとする。従つて実況見分調書3焼燬の状況(3) のへに記載の「ガソリン用のドラム罐から灯油と思つてさきの十八立罐に小出しし、ストーブに給油した(質問調書同様)」事実は全く予想しない火災危険、人命危険を生ぜしめるおそれがないではないが、本件において前記の限りでは原因というには当らないと考える』(記録一五五丁裏~一五六丁)は誤りであるとの確信を得、且公判廷において鑑定を求めこれを覆えしうるとの確信のもとに起訴したものである。しかし一方において、原判決にも指摘されているとおり、火災直後になすべき捜査の一部を警察官がなさず、消防士がこれをなしている部分があり、その結果が右火災原因判定書に記載されているのであつて、前記結論部分に誤りがあること即ち事実記載部分迄誤りとすべき理由もない。むしろこの火災原因判定書は、その事実記載部分のみが重要な意味をもつものであり、これを事実認定の資料に供し、ひいては鑑定資料に供する目的をもつて証拠申請したものである。従つてこれらのことから「事の真相を見誤り、今日においては最早真相を明らかならしむる方法も見当らないと思われるほど証拠が矛盾不可解に満ちたものになつてしまい」とみるのはむしろ本末顛倒の感があるのではなかろうか。現に検察官が申請し、裁判所が独自の立場から選んだ安東鑑定人によつて、検察官の主張は十分裏付けられたことは既述のとおりである。

二、原判決(1) 項について。この項においては、「本件捜査の方向は、佐藤一家及びその従業員の本件発火原因に対する何等か工作した謀略に乗ぜられた」と判示して、本件捜査の端緒が「不純なものであつた」と指摘している。そしてその最大の理由は、「未だ本件発火原因がガソリンを灯油と誤認してストーブに注入した結果であるかどうかはつきりしないうちに佐藤一家の者は挙げて本件発火原因はガソリンの誤注に外ならぬものときめてかかつていた」とされているが、そこに摘示されている捜査報告書(記録四〇丁以下)弓削証言(記録二二二丁以下)近藤証言(記録三八九丁以下)佐藤信夫の供述(記録九〇八丁以下)長尾友治の供述(記録九八四丁以下)検証調書(記録三二八丁以下)等を綜合すると、まず本件火災の発生により直ちに現場にかけつけた近藤巡査が未だノーブル方が燃えている最中に、現場建物東隣りにあるさのや方で聞込みをするに『佐藤信夫が、「今ストーブにガソリンを間違えて入れてしまい発火してしまつた」と言つていた』ものである。原判決は「佐藤一家の者はあげて」としているが、右佐藤信夫以外に当時同様のことを口走つたと認められる証拠は全くなにもない。しかも佐藤信夫は、佐藤英功、佐藤進、佐藤征利等三名と同姓ではあるが、全く親戚関係もない他人であり、従業員であるにすぎない(記録六二二丁)。また佐藤信夫は、長尾友治がストーブの給油をするため本件ドラム罐から一斗罐に移すにあたり、変な匂いがしたので、バーテンの沢村清市に石油かどうかたしかめてみたところ沢村は『うちでは石油しかとつていないので石油に間違いない』と言つた(記録一九〇丁裏)ので、灯油と信じて長尾をしてストーブに給油させたこと、しかも本件ストーブに長尾が給油するとき店内カウンター附近にいたので、出火時の状況をある程度みていたこと、従来灯油でこのような事故を起したことなかつたこと等の諸状況下において火災となつたのであるから、佐藤信夫が『ガソリンでなければそんなに出火が早くなかつたと思います』(記録二〇三丁裏)と考えたとしても何等責むべき筋合いはなく、不可解なことでもない。むしろ通常人であれば、本件出火により、右諸経緯から直感的に矢張りガソリンだつたなと感ずるのが自然であろう。感じたことをそのまま口走つていたのを近藤巡査が偶々聞知したというのが真相である。原判決は、佐藤信夫のこの言動に対し「未だ本件発火原因がガソリンを灯油と誤認してストーブに注入した結果であるかどうか明りしないうちに」としているが、佐藤信夫にとつては、既に右のような経験にもとづいて、出火と同時にはつきりしていたと言えるのではなかろうか。またこの言動を捜査の端緒の一つとしたことに対し、「本件捜査の方向は、佐藤一家及びその従業員の本件発火原因に対する何等か工作した謀略に乗せられた」とされるのは、捜査がいかなるものであるかの実態を理解しないことから生ずる誤解である。むしろこのような時期におけるこのような言動こそ、真相を解く重要な鍵となる場合が多いことは、無数の事件において先例の示すところであり、本件においてこれを看過することなく把握した捜査官に、なにものにも曲げられずに真相を追及してやまない熱意と努力の跡がみられるのである。ことに本件建物(損害約八百万円)に対し火災保険は百五十五万円(記録二八丁裏)しか入つておらず「佐藤一家」が保険金詐欺等を企てた形跡すらなく、判決時既に約二年を経過してなお現場は再建されずそのまま放置されていること、佐藤一家の当日の行動をみても佐藤進は午後から日暮里の知人宅に行つており、事件は電話ではじめて知つた(記録一一三丁裏)のであり、佐藤征利は自己の経営しているグレースからノーブル方を訪ね勝手場に入つたところで火災となつた(記録九六丁)というのであり、いずれの点からも「佐藤一家の謀略」などということはおよそ考えられない状況にあつた。判決が佐藤一家の謀略ではないかと疑わしめたとする根拠はどこにあるか全くその具体的根拠を指摘されていないのであつて、判決は一種の予断、偏見にもとづいているものと思われる。また「その従業員」として特に問題にされている佐藤信夫も出火直後右の如き直感的な発言をしたに止まり、このことが従業員としての責任を回避若しくは雇主に命じられたところに従つて工作したとみるのは余りにも不自然というのほかはない。むしろ経験則によれば、人間の死に直面した発言や事件直後の素朴な直感的発言等にこそ真実がひそんでいる蓋然性が高いものとされているものである。また「捜査の常道として捜査本部は当然日立警察署に置くべきものと考えられるのに、火災当夜の取調べが所謂被災者の佐藤一家が経営する喫茶店エンゼルにおいて行なわれたと謂う捜査の不公正を疑わしむるに足る事実」との点については、成る程当夜エンゼル方において佐藤信夫(記録九〇八丁)長尾友治(記録九八四丁)佐藤征利(記録九三丁)佐藤進(記録一一一丁)目撃者鈴木真平(記録一二〇丁)等の取調べがなされたことは事実であるが、日立署において取調べをしたのは、一月十日被告人(記録八四九丁)、一月十一日萩谷俊昭(記録七〇丁)、一月十二日に沢村清市(記録九七七丁)等である。このほか一月十二日吉成かねをその自宅で(記録一二五丁)取調べている。しかし本件について捜査本部を設けたこともなく、またエンゼル方を捜査本部同様に使用した事実もない。エンゼル方で取調をした状況は近藤証言(記録三八四~三八七丁)五町証言(記録二六六~二六八丁)によつて明らかな如く、殆んどが未だ火災の最中で、しかも火傷など負つていたものもあつたが、一刻も早く火災原因を究明すべく取調をしたものであつて、ことに近藤証人の把握した端緒からみて、一応失火の疑いが濃いこと、現に火災中であつたこと、現場と日立署とは非常に距離がはなれていること、現場から比較的近いエンゼルが折柄昼夜客の交替時で客も少なく且経営者の了解も得られたこと、冬季且夜間で戸外での取調不能であつたこと等の状況から、エンゼルを応急の取調場所としたものであるが、茶、コーヒー等の接待をうけたわけでもなく、所謂「佐藤一家」の者が取調に立会つたわけでもなく、従つてこれをもつて捜査が「不純なもの」「不公正なもの」との非難を受ける筋合はない。勿論これをもつて供述調書の信憑性を減殺すべき理由とはなしがたく、まして罪証隠滅等起りうる余地もない。原判決は邪推に捉われていると思われる。

三、判示(2) についてこの項については、要するに五町昇警部補が証人として「火災当夜自分が被告人に三本のドラム罐を指示したところ被告人が配達されたドラム罐はこれだと指示し、而もそれから中味をビール瓶に汲み出したので、これを警察に被告人と共に持つて行つて弓削巡査部長に渡した旨証言している」が、その証言は信用性がないものとし、火災後ノーブル方にあつたガソリン入りドラム罐と被告人との結びつきを否定せんとし、その理由として、右五町が自ら領置したものを他人である弓削に領置調書を作成せしめていることを指摘している。まず五町証言として指摘されている右のうち「警察に被告人とともに持つて行つて弓削に渡した」という部分は、同人の証言中どの部分を捜しても出てこないが、五町が現実に領置したものを弓削に領置手続をさせたものであることが認められる。手続過程を正確に訴訟に反映せしめることが強く要請されることは言を俟たないところであるが、それは訴訟手続の正確性が真相発見の最善且唯一の方法だからである。この点において判示の如きは、形式的な面においてその要請に反するものと言えるが、その反面五町証言(記録二七五丁裏)及び弓削証言(記録二三九丁裏~二四〇丁)によつて明らかな如く、両名とも日立署の捜査係であり、本件の捜査を直属の上司である中村刑事課長から命ぜられたものであり、弓削は巡査部長として五町の指揮下にあつたものであるから、両名は一体となつて捜査に従事していたものであり『本件後別件放火事件捜査のため弓削部長に捜査をまかせた』(記録二七三丁)というのであり、現に実況見分も同人にさせている(記録四六丁以下)のであるから、このような関係にあつた上司が部下に命じ、命を受けた部下が内容を納得の上、即ち五町証人が『現場から採取したものに荷札をつけて』区別したうえ(記録二七二丁裏)弓削がそのとおり領置手続をし、且これを鑑定嘱託した(記録二三九丁裏)ものであり、これを上司として五町が事後に領置手続の書類審査をして誤りのないことを確認している(記録二七三丁)のであるから、証拠保全の手続として実体的には誤りなく行なわれたわけである。本件において仮りに証拠保全の形式面において瑕疵ありとされても、証拠の捏造や領置せざるところから領置した如き調書を作成する等という実質面の瑕疵とは全くその本質を異にするものであつて、後者はこれを証拠となしえないものであること論を俟たないが、形式面の瑕疵が証拠価値を全く否定しさるものではなく、従つてまたこれをもつて五町証言全般に信用性なしとするのは正当でない。現に五町証人は右の如き実状にあつたことを素直に証言しているのであるから、むしろ同証言の信用性は大であるというべきものである。また「該ガソリンの任意提出者となつている佐藤一家の主宰者佐藤英功の息子佐藤征利の証言及び被告人の当公廷における供述では、右五町警部補がドラム罐から在中の液体を被告人に汲み出させたことはないことになる」と指摘しているが、この点まず佐藤征利の証言(記録六三八丁裏)によれば『本宮はおりませんでした』と証言してはいるが、そのすぐあと、この場所がくらいうえ刑事も私服であつたのではつきりわからない(記録六四三丁裏)こと及び当時吉成や被告人の名前は判らなかつたが、『これはうちのドラム罐だということをいつていた者はある』旨の証言(記録六五六丁裏)もしているのであるから、むしろこの証言からは被告人はいたと認めらるべきものである。もともと佐藤方は、本宮石油店との取引ではなく、吉成酒店との取引をしていたことは前述のとおりであり、被告人とは会つたこともなかつたので顔も知らなかつた。また当日出動した捜査官の五町警部補、川崎巡査部長、菅野、近藤両巡査等の顔も知つていないのであるから、右証言にあらわれた程度の認識しかなかつたというのが実態であろう。火災現場で、しかも夜間とあつては被害者側は勿論捜査官側も昂奮した状態にあつたことは否定できず、現場は世の譬にいう火事場の如き混乱状態そのものであつたのであるから、現場に居合せた者全員に客観的状態を、夫々正確に述べることは期待しえず、当該事実に直接関与したものに、その限度において個々具体的に供述を求めるのが本件における真相発見の最良の方法である。また五町証人と被告人との供述にくいちがいがある点をとらえて五町証言の信憑性なしとすることも正当でない。何故ならば被告人が自己に不利益なことは、事実に反して否認することが多いことは公知の事実だからである。

四、判示(3) について。この項においては、被告人及び萩谷俊昭の両名が、ともに捜査段階において、現場にあつた日石ゴールドガソリンと表示のあるガソリン入りのドラム罐を一月五日に配達した物に間違いない旨供述しているが、「この二人の供述を証拠として被告人方から配達された石油をガソリンであつたと認めることが経験法則上いかに危険であるかは謂うまでもない」と指摘している。将に判示のとおりであつて、この両名が捜査官に対しこれを認めたからと言つて決定的なものとは言えないこと勿論であるが、さりとて原審法廷において、萩谷証人は裁判官及び弁護人の尋問(記録四八九丁~四九〇丁)によつてこれを覆えし、被告人が第六回公判において裁判官の尋問をうけた際に、

問 だからそのドラム罐があんたのところで配達したドラム罐に相違ないかどうか。

答 それまではわかりません。

問 あんたはつきり言えないわけじやないか。

答 はあ。

と述べ(記録五五八丁裏)、その直前まで認めていたところを覆えしたからと言つて、その言葉尻の差異によつて、どれ程のかわつた意味をもつものであろうか。要はこれ等両名の証言も、蓋然性の強弱を決める一要素にすぎないものであり、他の証拠と相俟つてはじめて「被告人の配達させた石油がガソリンであつたとする証拠」となるわけであり、その詳細は既に(第一の一)に詳説したとおりである。本項について特に強調しておきたいところは、右の如く判示しながらも、両名の供述に強い証拠価値を認めようとしているのは実は原審裁判官ではなかつたかという点である。被告人に対する尋問経過は右の如くであつたが、萩谷証人に対する裁判官の尋問中

問 あんた検察庁の調書のしまいの方に、自分が灯油だといつて届けたのが、ガソリンだつたと知つたと書いてあるが警察から説明を受けてから知つたんだね。

答 はい、そうです。

と述べている(記録四九〇丁裏)のであるが、右発問中に引用された同人の検事調書第七項(記録八七丁)にその旨の記載があるが、これは本件火災になつてから、ガソリンを誤配したことを知つたが、それまではガソリンだつたことは知らなかつた。即ち過失によつて誤配してしまつた旨を表しているに止まるのを、裁判官の尋問はいかにも警察官が現場において萩谷に対しガソリン入りドラム罐をはじめから指して、これがお前のところから運んだものであろうと、あたかも供述を強要したのではないかという趣旨の尋問に利用されてしまつているが、これは、萩谷等の供述を極めて重視しているという採証法則に反した節が認められるに止まらず、本件についてこのような誤導乃至不当な尋問をしたことは、既に予断と偏見をもつて審理が進められていたことを示すものである。むしろ火災当夜現場において被告人に指示を求めた五町証人は、そのときの状況について『本宮さんにあなたの家のドラム罐はどれかと聞いた』(記録二七〇丁)というのであるから、むしろ捜査時における被告人の説明の方が自然になされたものではなかろうか。そしてその故をもつてこそ被告人は冒頭手続においてもこれを認めており、弁護人すらも争わなかつたものと断ぜざるを得ないのである。

五、判示(4) について。この項において指摘されていることも多岐にわたるが、これを要約すると、

1 本件ドラム罐が配達されてから火災まで五日たつているから、従来の消費量からみてドラム罐の約半分以上減つていなければならぬ筈であること。

2 警察官が現場にドラム罐の内容物を正確に検量しなかつたこと。

3 菅野、佐藤征利両証人が、ドラム罐からポンプとホースを使つて汲み出したという証言は信憑性がないこと。

4 五町証人と菅野証人等は別々に採取したものであり鑑定に供されたかどうかも不明であること。

5 五町証人が汲み出したという瓶の出所不明であること。

等の諸事項があげられ、結局警察が鑑定に出しガソリンであると鑑定されたものは出所不明であるとしているようである。然し証拠関係を詳細に検討してみると、このうち2については警察官の捜査不徹底の点が認められるが、爾余の点につき原審裁判官が証言の誤解をしていることを論証する。1の点については、一月五日に注文した者は佐藤進の命による佐藤信夫であつたが(記録六七六丁裏)、その方法はノーブル方に残量がどの位あるか確認した上の注文ではなく、むしろ従業員が灯油がないと報告して来た都度、佐藤進はそれを信用して注文させているものであり、結局ドラム罐の中がみえないのでポンプがガチヤガチヤやつてみてうまくでなければ正確な残量も検討せずに注文しているのが実状であつた(記録六七七丁)ことが明らかである。従つて判示のこの点については、注文時のノーブル方の灯油の手持量が正確に判つていないのであるから、これを零として判断しようとしている判示の点は推測の域を出ないものである。

2の点については、前記(第一の一(4) 第一の二(2) )の通り火災当夜警察官が被告人及び萩谷俊昭を現場において三本のドラム罐を示してノーブル方に配達したドラム罐を特定させたうえ、その内容物の領置手続をしたものであり、その限りにおいて事件に直接関係のあるものとないものを選別し得たので、他の二本まで詳細に捜査しなかつたものであろう。然し本件の直接原因となつたドラム罐の内容物の領置手続は正確に行なわれているのであるから「鑑定に出してガソリンであると鑑定された石油は、たとえば佐藤一家の方で既に半分位減つている右ドラム罐からか、或は全く別の方面からガソリンを瓶に詰めて置いたものを警察に提出し、警察は安易にこれを取り上げて鑑定に廻したのではないか」と疑う余地は全くない筈である。ことに日立消防署より取寄せた実況見分調書によれば、消防士はドラム罐三本の内容物を比較的正確に検量しており(記録五三四~五三七丁、三五七丁)、それによると、白く塗つたドラム罐(本件被告人が配達させたものであることは第一の一によつて明白)の中には一斗罐一杯とつた位のガソリンが入つており、一本は灯油の表示で灯油が約九〇立入つており、他の一本は空罐であつた。ことに同消防署は消防法にもとづいて独自に火災原因を究明すべく捜査したもので(記録三一八丁)あり、且これが原審において取調べられているのであるから、本件を全体としてみれば『比較的正確に検量』されているものとみるべきであり、警察官がなすべき捜査が不十分であつたとしても、証拠の不足を責められることもあたらない。勿論「或いは又被告人方からガソリンが誤配されたのを奇貨としてそのガソリンを半分位すでに消費していたのではないかとも疑われる」との判示も全く証拠に基づかない臆測にすぎないわけである。3の点については「証人菅野喜久雄、佐藤征利の各供述の如くノーブルにあつたポンプとホースを使つてドラム罐から汲み出したとすれば、長尾友治がそのホースがないために一斗罐をぢかにストーブにあてがつた事と矛盾する」と指摘し、ここにおいては『ドラム罐から一斗罐に内容物を移すときに使うポンプ』と『一斗罐から石油ストーブに給油するときに使うポンプ』とは同一のものと考えていることが前提となつているようである。これは明らかに原審裁判官の証言の誤解である。即ち長尾証人は第一回証言において、この両者に区別があり二種あることを明らかにしている。前者について『ポンプ式でドラム罐にゴムを突込んで手で上下するもの』(記録一六七丁)、後者について『一斗罐で使うポンプ』(記録一七一丁)と区別し、且火事の当日長尾が捜してもみあたらなかつたので使わなかつたというのは『そのポンプ』と後者である旨特定していること明らかであり、第二回証言でも、ドラム罐から一斗罐に移すときはポンプを使つたが、(記録五〇一丁裏)、一斗罐からストーブにはポンプを使わなかつた旨(記録五〇七丁)を証言し、とくにここでは両ポンプの差異まで証人が述べている。また佐藤征利証人も『元ドラム罐のおいてあつたところにドラム罐より移すポンプがあつた』(記録六三七丁裏)と述べている。

しかるに原審裁判官はこの一方を看過し、且長尾が使つたというビニール製じようごが火災でもえてしまつたため存在しないのにこれがもえないで残つていた筈だと誤解し、これとポンプを取り違えた誤導尋問をしていることが記録上明白である(記録五〇七丁裏~五〇八丁裏、五一二丁裏~五一五丁、五二五丁~五三〇丁裏)。4の点については成るほど五町証人は封印されているドラム罐から被告人をして瓶に採取させた(記録二七一丁裏)と述べ、菅野証人は警察官が採取してから封印した(記録三九二丁)と証言しておりこの点に誤りなければ別個に前後二回採取されたようにもみられる。しかし菅野証言を詳細に検討すると、同人が封印する前に誰が採取したか必ずしも明らかではないから封印まえに採取したという点に勘違いがあるともみられるため、五町証人と菅野、佐藤征利両証人等のいうのとでは、同一機会のことを指しているのではないかとも考えられるわけである。即ち菅野証人自ら内容物を汲み出したのではないから、同人が問題のドラム罐に封印をした」という点については最良証拠であるが、その前後いずれの時期に内容物を汲み出したかの点については最良証拠たりえないからである。仮りに前後二回採取したのが真相であるとしても、これによつて五町が被告人を立会わせて採取したという点が架空の事実だつたということにはならない。五町が採取したものは前記の如き領置、鑑定嘱託までの一連の手続によつて厳存することが立証されているからである。5の点については五町証人がビール瓶に取出したものであり(記録二七二丁)、その瓶は佐藤征利証言中に『まわりをさがし空びんがたくさんつんであるところから一本持つて来てその中へドラム罐から移した』(記録六三六丁裏)ということが明らかとなつている。

六、判示(5) について。この項において指摘されていることも多岐に亘るが、これを要約すると、

1 ノーブル方では、ガソリンを小口に買入れていた事実のあることも証拠上明らかであるから、ドラム罐で買入れていたことはないとの佐藤側の供述をそのまま信じてしまうことは軽卒であること。

2 本件火災当時ノーブル方にあつた石油の種類と量とが捜査が不徹底であつたこと。

3 当時ノーブル方にドラム罐が二本あつたか三本あつたかについて、実況見分調書の記載、佐藤信夫、長尾友治、佐藤進等の供述にくいちがい、前後矛盾のあること。

4 事件当日ノーブル方にあつた三本のドラム罐のうち、一本の仕入先が不明であること。

等が指摘されている。しかし本項に掲げられている事項は、いずれも公訴事実を些かも左右するに足るものではないが、念のため証拠との関係を検討して事実を明確にすることとするが、ここにも原審裁判官は重大な証拠の読み違いをしている箇所のあるところを論証する。1の点についてはノーブル方では自動車用のガソリンを茨城シエル石油販売株式会社日立支店から購入していたが、常に直接自動車をもつてガソリンスタンドに給油に行つており、それ以外にガソリンを小口に買入れた事は皆無であることは、原判決がいう「佐藤側」とされている佐藤進証言(記録三三丁)、佐藤征利証言(記録六五八丁裏)坂本正一証言(記録三六八丁裏)沢村清市証言(記録二九四丁~二九五丁)のほか、第三者にして常にガソリンを佐藤側にうつている菊田志郎の証言(記録二七四丁裏)及び同人の警察官に対する供述調書によつても明らかである。これに反し、ガソリンをドラム罐で買つたことを推定せしむるような証拠は何一つ存在していないのである。2の点については、警察官がこの捜査を十分にしていないことは判示の通りであるが、この事項は本件審理の過程において別の証拠によつて明らかになつていることについては、既述(第二の五2)のとおりである。3の点については、更にこれを要約すると、実況見分調書の記載と、各証人等の供述のくいちがいとに大別されるようであるから、まず後者からこれを検討する。まず佐藤進から検討するに、判示によれば「一月十一日付司法警察員調書では二本であり、四月三十日付検察官調書では三本と変え、第一回証言のときにも三本である旨を述べている」とされ、途中から突如として二本から三本に供述をかえている如く判示され、これがあたかも本件公訴事実が全般的に亘つて不可解であるとの心証の根拠の一つになつているようである。果してそうであろうか。一月十一日付調書(記録一一七丁裏)によると『入口内側土間においてあり、昨日は殆んど空になりかけたドラム罐一本と配達してもらつたばかりのドラム罐一本と二本おいてあり、空のドラム罐一本を店の前の道路わきにおいてあつた』と明記されている。明らかに原審裁判官の証拠に対する誤解がある。この点右佐藤進の調書を正確に読みとれば、同人の最初の司法警察員に対する供述より第二回目の公判における証言に至る迄、終始三本であると述べていることに変りはない。次に長尾友治であるが、判示は「一月十日付の供述調書ではドラム罐の数は二本でうち一本は空になりかけていた」と述べていると指摘されている。成る程その旨の記載はあるが、(記録九八六丁裏)その前頁に『勝手場脇にある石油の入つているドラム罐のおいてあるところ』(記録九八六丁表)を指している点を看過している。(もともとこの置場には、当日は二本しかなく道路わきに別に一本あつたものである)これは第一回証言のときもそのまま維持されとくに『ドラム罐のあるところは天井がある』(記録一七六丁裏)と述べているが、第二回の職権証人調の際は、三本とかえたとはいうものの、その証言に至る経緯をみるに、はじめは二本と述べていたが、

裁判官 三本じやないのか。三本とちがうか

証人 三本です

裁判官 三本に間違いないのか

証人 間違いないものと思います

と証言するに至つたものである。(記録四九九丁)

次に佐藤信夫であるが、外形的にみると二本から三本に変つているようにみえるが、一月十日付の司法警察員調書について判示では「ドラム罐は二本ありそのうち一本は空であつたので他の一本をあけた」とされているが、右調書(記録九七二丁)には『ホールとは別の南側物置にあつた』として、二本あつた場所を屋内に特定している。同人は第一回証言でも『そこにドラム罐は二本……』(記録一九一丁裏)と同様に場所を特定している。以上佐藤進、長尾友治、佐蔵信夫の右供述等を綜合すると、長尾友治、佐藤信夫の両名が、ドラム罐の口を開き一斗罐に入れた場所、即ちノーブルの南側で勝手場の西側のたたきにはドラム罐が二本あり、他の一本は道路脇に既に出されていたと認められるのが真相に合致している。しかも佐藤信夫が、エンゼルからノーブルの支配人に廻されたのは昭和三十六年十二月十五日であり、なお当時エンゼルとかけもちであつた(記録一八九丁)からノーブル方のドラム罐が屋外にあるものまで含め三本あつたという点まで十分飲み込めていたかどうか疑わしい状態であり、一月十日夜供述した時には火災直前にみたとおり二本と述べたが、翌日実況見分に立会つた際は、当初のドラム罐の位置がかわり、しかも三本とも一ケ所に集められていたものであるから、三本とも火災直前に同一場所にあつたものと錯覚して述べたのではないかとも考えられる。ことに第二回証言に関し前記摘記の如き経緯からみると、二本だつたこと、三本あつたことが混同しているだけであつて、本質的に本数が最初からくいちがつているとまでは言えないものである。長尾友治も三十六年十二月十五日から雇われ(記録九九一丁)未だ日も浅く、しかも実際には自分で本件以外にストーブに給油したことはない(記録五二二丁)というのであるから、最初は前記置場にあつた二本しか気がつかなかつたとしても不思議はない。しかも長尾の供述の変化も、場所の特定なしに論ずることはできないものである。次に実況見分調書の記載についてであるが、元来立会人に指示説明を求めた場合、その説明を正確に記載するとともに、見分官の認識はこれと別に記載することが要求されるものである。この点について、当日の立会人をみるに、佐藤進と佐藤信夫の両名が立会つており、佐藤信夫の指示説明どおりに記載(記録五三丁)されている。しかしこの見分の行なわれた前日即ち一月十日の取調の結果からみると、ことの真相であり且佐藤進の主張でもあるところのものは、見分調書に添附された第三図(記録六四丁)のとおりで土間の内側に二本あつたのである。佐藤進の指示説明は文字によつて書かれていないが、同人は立会人でありその説明は図示され、且真相に合致していたので文字では特記されなかつたとみられないであろうか。またこの第三図に、道路脇にあつた一本の記載を欠いている点において、この図面は正確性を欠いており、しかも各場所にいかなる表示のドラム罐が、いかなる内容物を、どのくらい内蔵していたかの表示を欠いている点とも考え併せ、この実況見分調書のみによつては、被告人が配達させたガソリン入りドラム罐が土間にあつたことを直接立証しえないということは言えるが、この点も他の証拠等によつて既に被告人とのつながりがついているものであるから、本件公訴事実の立証上支障はないものと思料する。4の点について、火災当日ノーブル方屋内に二本、その外側道路脇に一本あつたドラム罐が、火災後一ケ所に集積されたが、この三本の購入先について「シエル印の灯油で本件発火当時半分も中味が残つていたと謂うドラム罐は一体どこから入手したのであろうか」と指摘されているが、その根底には、佐藤進証人が『外に出ていたのが丸善石油の空のドラム罐だつたから持つて行かなかつたと思います』(記録六九四丁)と証言している部分を重視されているようである。ところがこの証人は、当日三本のドラム罐についてその内容物と外部の表示を一々たしかめた経験をもつていないのであり乍ら(記録六八六丁裏~六八七丁、六九三丁裏)、前記の如き証言をするに至つたのは、裁判官が証人に対し、

『ところで火事の後一週間位で全部調が済んだということで(茅根弘道が)ノーブルの所へ行つてドラム罐を返してもらつてきたんだが、そのときドラム罐は空だつたというんだけれども、そのつばめのやつが空じやないんですか』

との理詰めの問を出し、それに対し被告人がいろいろと述べながら右証言に到達しているものである。

たしかに茅根弘道の司法警察員調書にはその旨記載がある(記録八四六丁裏)が、一方本件火災後、被告人の配達したガソリン入リドラム罐以外は警察官が封印もせず領置もしなかつたこと前記(第二の五4)の通りであるから、当時ノーブル以外に佐藤一家が経営していたエンゼル、グレース、佐野屋等でも暖房用に灯油を使つており(記録六二七丁裏)、いずれもノーブル方で買つたドラム罐入り灯油を使つていた(記録六六九丁)ことと併せ考えれば、その火災後の一週間位の間に、これらの店で使用したことも考えられないことはない。従つて、右の如くこの点を唯一の根拠として理詰めの尋問の結果なされた証言部分は、原判決が指摘するほどの比重はない筈である。

本件に直接関係のない二本のドラム罐を領置せず、表示と内容物とを確認しなかつたこと、つばめ印のドラム罐の購入先は明らかとなつているが、シエル印のドラム罐の購入先が茨城シエルか否かなお疑問が残るという点はいずれも事件直後の捜査の不徹底に由来するものではあるが、本件はこれら諸点の解明をまつまでもなく、領置したドラム罐(記録一〇一~一〇二丁)から長尾等が汲み出したものであることは証拠上争えない事実となつている。

七、判示(6) について

本項も多岐に亘つているが、これを要約すると、

1 当時ノーブル方に灯油がまだ半分も残つていたドラム罐があつたとするならば、一本は空であつたので本件ドラム罐をあけたというのは疑わしいこと

2 長尾友治に「出問」したところ、佐藤信夫がドラム罐から在中物を汲み出しているのをみていたが、その頭の色は白ではなかつたことを覚えていると述べていること。

3 沢村清市の証言は、前に二回公判期日に出頭しないで、やつと日立に出張した際出て来たもので信用度はそれだけ低いこと。

4 ノーブル方階下の洗面所の脇に石油を入れる一斗罐が四ツ位置いてあり、本件発火直前にもあつたというが、その所在は不明であること。

5 佐藤進の証言によるとガソリンと表示されたドラム罐が配達されて来ているが、その配達人から中味は灯油である旨を聞き、佐藤信夫にも告げてあるというが、同人は聞いたとは述べていないこと。

等を掲げている。1について疑わしいとの見方もなりたちうるが、長尾友治も未だ新人であり、佐藤信夫も前述のとおりであることに加え、いずれも従業員の立場にあるものであつてみれば、ポンプを使つてドラム罐から汲み出す場合に、二、三回かつてみて出が悪ければ、満タンのドラム罐に手をつけることもありうることは佐藤進の証言(記録六七七丁)で明らかであるから、新たなドラム罐に手をつけた以上、他のドラム罐にはなにも入つていない筈だという結論は必ずしも通用しない場合のあることも考えに入れておかぬとかえつて真相を見逃してしまうことになると思料する。まして三本中一本は空であつたことも見逃すことはできない。2については判示も「出問」とされているように、一旦証人尋問が終り、たまたま法廷で傍聴していた長尾に対し、江田証人の尋問の間に傍聴席にいるままの長尾に発問して答えを求めているものであるから、これに答えている同人の供述部分は適法な証拠調によつて得られた証言とはいえない。

仮りに証言と同様に扱われるものとしても、尋問の経緯をみるに(記録五三九丁~五四〇丁裏)、午後四時頃だから見えた筈だとの前提で尋問がなされているが、これは前記の如く長尾等が汲み出したのは午後六時半頃が正しいので、原審裁判官の誤導尋問であつた(ただこの場所は勝手場からの蛍光灯で注意すればみえるという明るさだつたことは認められる《記録六四五丁裏》)その上第一回証言のとき『そのドラム罐には、中味を表示したレツテルなり記号には気づかなかつた』(記録一六六丁裏)と述べているところから江田証人の第二回の証人尋問の途中でのこの「出問」は相当でない。ことにその直前まで同証人は、記録五〇八丁から同五二九丁に明らかな如く、原審裁判官の明らかな誤導尋問をうけ、途中で漏斗を使わないのが本当なのに(註、明らかに誤り)使つたようなことをあんたさつき言つたのはどういうわけなんだ。その方がノーブルのためになると思つてそう言つたのか。それともあんた自身が過失が少なくなると思つて言つているのか(記録五一三丁)とまで言われ、その後検察官が再度に亘り(記録五二五丁~五二九丁)裁判官の尋問が勘違いである旨促したことによつて、この質問は改められ、これに従つて証言も元に戻る等の経緯もあり、長尾の内心はこのため動揺と疲労が重なつていたが、尋問が終りホツと気を抜いているとき、このような形で発問されてみれば、一瞬の空白と虚脱感から、前後をわきまえずに発問者に迎合的な供述をなすことは供述心理上往々生ずることであるから、このような発問は慎まれねば真相を見失う危険もあるのである。本件の発問はまさにその危険を犯しているものであつて、右長尾の供述部分は、仮りに証拠能力があるとしても証拠価値はない。3については、沢村清市は第二回公判期日に呼出をうけたとおり出頭したが、裁判所の都合で同日取調をしなかつたことが明らか(記録二三丁)であるにも拘らず、これを無視し、その後二回の不出頭を責め、不出頭の事情も証人にたしかめずに、証言の信憑性が低いとするのみならず、これをもつて他の証人の証言の信憑性を疑う資料とすることは採証法則に反している。4については、判示は「本件発火直前にもあつた」としているが、沢村証言によれば『発火の約一、二時間位前に四ツ位あつた』(記録二九九丁)というのである。なるほど判示指摘のとおり、本件火災後これが行方を追及しなかつたことは事実であるが、また長尾等が給油を開始する時、即ち本件発火直前及び火災中にあつたとする証拠はない。ましてこの一斗罐にガソリンが入つていたとする証拠はなく、むしろガソリンはなかつたとする証拠ばかりであることも既述のとおりである。してみれば沢村証人が目撃してから、長尾等が給油を開始するまでの約一、二時間の間に、エンゼル、さの屋等の従業員が給油のため運んで行つたため現場にはなかつたものとも推定される。仮りに現場にあつたとしても、問題の一斗罐は出火現場にそのまま発見されたものであつて、要はこれと本件とのつながりに集中されれば足りるわけで、既にこれは領置済であるから、他の一斗罐については仮りに鎮火後存在したとしても(仮りにその中には、判決が疑つているようにガソリンが他から入れられてもつてこられたとしても)、本件で使用されたものとは関係ないため、佐藤進証言のように焼跡整理の者によつて取りかたづけられたと推定(記録六九八丁)する可能性もある。いずれにしても長尾友治、佐藤信夫の供述は、江田証人の『ドラム罐中一斗罐一本とつた位のガソリンが入つていた』(記録五三五丁裏)旨の証言と相俟つて、十分信憑性があり、沢村の右証言によつて左右されるものではない。6について判示は「佐藤進が佐藤信夫に告げたと進が証言している」と指摘しているが、佐藤進の証言にそのような具体的な証言はない。また証言を原審裁判官は、本件のドラム罐即ち一月五日に配達を受けた物について配達人から説明を受けたと解しているようであるが、それは誤解である。

即ち同人の第二回証言中、裁判官の問に対し『持つて来たときに配達人にたしかめた』(記録六七五丁裏)旨述べているが、これは第一回証言のとき、『車からおろして運んでいるとき表示がガソリンとなつているので、これはガソリンかと怒鳴りました。そしたらガソリンを持つてくる訳はないでしようと言うので中味を使うのだからよいと思つてました。それで、その後はなれていました』『最初のときだけ疑いました』(記録三〇丁裏から三一丁)というのであり、本件ドラム罐の配達をうけたときを指しているのでないことが明らかである。

八、判示(7) について。本項も多岐に亘つているが要約すると、

1 日立消防署の火災原因判定書は、本件公訴事実を否定し去るものが記載されているのに、これが鑑定を打破するだけの鑑定をさせないまま検察官から証拠として提出されていること。

2 江田の証言からみて右鑑定は実験に基づく相当合理性をもつたものと考えられるから、安東鑑定をもつて被告人に不利益な証拠とすることは極めて危険であること

を掲げている。1については既に(第二の一)で詳説したとおりである。2については火災原因判定書には『ガソリン用のドラム罐から灯油とおもつてさきの十八立罐に小出しにストーブに給油した」の事実は全く予想しない火災危険、人命危険を生ぜしめるおそれがないではないが、本件において前記の限りでは原因というに当らないと考える』と記載(記録一五六丁)されているが、この結論部分は実験結果に基づくものではなく、これをもとにすることこそ判断を誤るものである。即ろ安東鑑定書と安東証言に明らかな如く、完全な実験とは、本件と総ての条件を完全に一致させた状況を再現しなければ意味のないことで、それ以外の方法では単に可能性の確認の域を出ないものである。その意味において、安東鑑定も極めて精密な実験をもとにしているが、なお可能性の域を出ないものであることにおいて江田証言と同様である。然し両者はその基礎としている実験方法において安東鑑定の方がより高度であり、しかもこれをもとに判断する学識経験において安東鑑定人の方がより適格者と言えるのではなかろうか。まして同鑑定人は裁判所が自由に命じた公正中立な第三者であつた。しかも広く高度の知識経験を有する者が、右可能性の問題について学者的良心から断定した物の言い方をしない場合と、比較的狭い実験によつた者が可能性の問題について断定的な物の言い方をした場合、いずれが事実認定の資料として価値があるかは論をまたないところである。ことに江田証人が中心となつて作成したという火災報告書、火災原因判定書及び同人の証言を通じてみると、論旨に一貫性を欠くところがあるので、この点を論証して江田証言等の信憑力の薄いことを明らかにする。まず一月十目付消防報告(記録一五一丁)によれば、『ストーブに誤つてガソリンを注油したもの』と記載されているが、四月六日付火災原因判定書(記録一五四丁以下)では前記の如くこれを否定した。しかしこの両文書ではガソリンを注入したことを前提としていたにも拘らず、ひと度自己の結論が安東鑑定によつて覆えされたと知るや、一面において自己の判定を維持し、他面安東鑑定を意識したため、長尾が給油のとき使つた本件一斗罐の内容物はガソリンではなかつたかの如き証言(第二回)をするに至つている。そしてこれを担保せんとして一斗罐の切断片まで集めて証拠として提出し、これをもつて安東鑑定の一斗罐の内壁に附着していた鉛はガソリンに添加されている四エチル鉛ではなく、ハンダづけの鉛であると主張している。これをもつて安東証言の最近の一斗罐の製造工程からみて、外部の鉛が内壁に附着する筈がないという点を覆えそうとしたものであろうが、安東証言のいう製造工程を知らず、またその工程を経て作られた担保のない右切断片等証拠価値はなく、本件一斗罐の各部を念入りに分析し、併せて学識経験とによつてなされている右鑑定の価値は些かも滅殺されるものではなく、江田証人自らの証言の信憑性を疑わしめる以外のなにものでもない。

九、判示(8) について。本項もこれを要約すると

1 長尾友治は火傷しているのに佐藤信夫は火傷していないから佐藤信夫は発火当時ノーブルに居たというのは疑わしいこと。

2 佐藤信夫は所在不明であること。

を掲げている。1については佐藤信夫は、ドラム罐から一斗罐に汲み出すときは、長尾と一緒であつたが、長尾が石油ストーブに給油するときは店内『カウンターの近くにいた』(記録一九二丁裏)のであるから、長尾が本件発火と同時にその火勢で火傷しても、佐藤信夫迄が火傷を負わねばならぬ必然性はなかつた筈である。本件発火時『カウンターの中にいた』(記録九八三丁)沢村清市も火傷しておらず、沢村と同じカウンター内にいた坂本正一は火傷等を負つているが(記録三七一丁裏)これは長尾と同時に負傷したものではなく、本件発火をみてバーコートをもつて燃えている箇所へ飛び込んで消火作業をしているときに受けた傷(記録九八二丁裏)であることも明らかである。従つて怪我をしていない者は現場にいなかつたという推論はなりたたない。2については、佐藤信夫についての証人尋問は既に済んでおり、しかも同人が証言後行方をくらまさねばならぬような内容の証言もなければ、公判審理の経過でもなかつた。であるから、事件直後忽然と姿をくらましたという如き状況とは全く異にするものである。沢村清市と同様佐藤信夫も喫茶店やバー等に雇われて生計をたてている者であつてみれば、生活のため転々としているとしても責めらるべきではなく、ことさらに所在をくらましているとする証拠もないのに、同人の証言の信憑性を疑い、加えて本件公訴事実全体に疑問を抱くのは危険な飛躍があるのではなかろうか。またこの項において「本件給油に立会つたのはノーブルのマネージヤーであると言い、佐藤信夫でないと証言していたところ、その最後になつて検察官が佐藤信夫と面接させて尋ねたところ、そのマネージヤーとはこの人であるとやつと認めた状況」と判示し、あたかも真相に反して佐藤信夫が犯行に加担したように長尾に証言させているかの如く指摘しているが、長尾友治の第一回証言によると『マネージヤーと一緒にドラム罐のあるところに行つた』(記録一七八丁)が、『マネージヤーというのは佐藤信夫のことである』(記録一八七丁裏)旨指示しており、その証言の途中(記録一七七丁裏~一八二丁裏)で、マスターとマネージヤーをとりちがえていることが明らかであり、これはノーブル方に雇われてまもなくだつたため、人物と役職名と本名とが一致しなかつたわけで、そのため証人が、マネージヤーといい、佐藤某といつていたのが、実は佐藤信夫のことであり、マスターの佐藤進ととりちがえていたわけであり、かかる場合現実に人物を対面させて説明させるのが最も正確に事実を表現する方法ではなかろうか。それによつて長尾証言は『佐藤信夫と』給油したことは極めて明白であり、何の疑惑を生ずる余地もない。

十、以上に論証した如く結局原判決が疑問としているところは、いずれも公訴事実の成否に直接関係のない点ばかりである。

成る程捜査上明らかにしておくべきいくつかの点がおろそかにされていたことは判示のとおりであるが、これを欠いたため事案の真相が把握できなくなつたという点はなにもない。然るに原審裁判官は、まず佐藤信夫が未だ火災中に「ガソリンの誤注が原因だ」と口走つていた点を第一の疑問点とし、加えて捜査上の欠陥を必要以上に責むるの余り、本件の審理にあたり証拠をはなれた予断を抱くに至つたものの如くであり、これが証拠の誤読等を産み、遂に真相を誤認するに至つたものというべきである。証人間の証言のくいちがい等についても既に詳説したとおりであるが、火災という特異な罹災をうけた被害者やその従業員等にとつては、不安、混乱、昂奮の渦中にあって経験した事実について一部終始正確に説明せよと要求されても容易にそれを期し得ないものである。本件各証人とも、各自の経験をつとめて正確に証言しようとしている形跡が十分窺われるものであつて、その点各証言にみとめられるくいちがいが、むしろそれを如実に物語つているのではなかろうか。また火災現場における第一の目的は人命、財産の保護であり、拡大の防止である。そして消火作業は現場保存に優先する場合が多い。そしてこの混乱の中では最良証拠の蒐集をもつて足りるとすべきではなかろうか。本件においてはその意味で捜査は必要最少限度の要請を満していたものであるが、原審裁判官はこの点についての観念を異にし、経験則上証言の一致を望めない点までこれを求め、また事件の真相発見に不必要な部分において明確になしえない部分まで敢てこれを求めて疑問点を拡大したうえで混乱を招き、事の真相を見失うに至ったものというべきである。

第三、本件火災の発生は被告人の過失責任に基づくものである。

原判決は前記の如き理由によって無罪を言渡しているので、被告人の過失責任の存否についての判断には触れていない。然るに本件は、被告人が灯油の注文をうけながら、店員萩谷をしてガソリンを配達させたこと、しかもこれが灯油でなくガソリンであったことが本件火災の原因であることが証拠上明らかとなつているため、被告人の過失責任の有無を確定する必要があるが、この点も既に取調済の各証拠によつて明らかになつた事実をあげて論証する。

一、灯油、ガソリンともに危険物として規整されており(記録一四三丁)、政令により危険物の品名毎に〇・三~〇・五米以上の間隔をおき、且収納容器及び包装の外部に危険物の品名、数量等を表示しなければならないとされている(記録一四九丁)に拘らず、被告人方ではこれに反して灯油の表示のドラム罐にガソリンを、ガソリンの表示のドラム罐に灯油を入れておいたことを被告人も承知していた(記録八三二丁、八六六丁)事実

二、しかもこのようにしてドラム罐に入れたガソリンと灯油(いずれも消防法別表第四類に属するも前者は第一類後者は第二類)の置場を区別するか、或いは区劃を作る等の措置をとらず、これを従業員に指示もせず(記録八三丁)単に同一場所に多少の間隔をおいた程度でいわば雑然と貯蔵していた事実

三、一月五日本件ドラム罐を車に積み込むにあたり、被告人が直接指揮し、且自ら手をくだしてつみ込んだ事実

四、前記の如き状態で内容物と表示は必ずしも一致しないのであるから、ドラム罐一本毎に内容物をたしかめなければ、灯油かガソリンか確定できない状況にあつたにも拘らず、被告人がうち一本の内容物をたしかめただけで(記録八七五丁、九一丁)全部灯油であると軽信し、被告人自ら指揮し且車に積み込んで本件ドラム罐も含めた四本の配達をさせた事実

が明らかである。従つて単なる使用者責任ではなく、直接手を下した者としての刑事責任を問わるべきであり、業務上の注意義務を怠つた過失は大であること明白である。

第四、情状について

1 本件の過失は極めて大である。一般の消費者は業者を信頼し、灯油を注文して配達を受ければ、これを灯油と信じてしまうものである。消費者側のこの態度は一面において責めらるべきであるが、他面において現代社会のメカニズムは、業者等専門家に対する信用の上に成り立つたものであり、現実の社会はこれに基盤をおいて動いている。既にそこには業者の注意義務は業者の個人的信用問題にとどまらず、社会的信用という、より高次の段階にたかめられているものであり、ここにおいて業者としては高度の注意義務が要求される所以である。しかも本件においては、極く僅かの注意義務を尽せば足りるところ、これを怠ったのであるから、この過失は極めて大である。

2 財産上の損害は約八百万円であり、被害は大にしてその回復もなされていない。

3 本件火災により長尾友治の顔と手に入院約十日間の火傷(記録九九五丁)、沢村清市の額、右腕、右足等に全治十数日の傷害(記録三七一丁)を負わせている。

4 ガソリンの誤配は本件の如き事故を起す危険性が大であるため、誤配に気づけば事故の発生を未然に防止することが業者としての第二次的な義務であり、現に注意深く規範意識の高い業者は、いち早くこれに気づきラジオ、テレビ等で顧客によびかけその回収に努力していることは公知の事実であるが、本件について被告人は誤配さえも気がついていない。

5 本件火災現場は、日立市内の繁華街であり、且消火のため消防車の出動台数は十五台にのぼり(記録一四一丁裏)野次馬約千五百名(記録一四二丁)というのであり、公共の危険を生じさせたものである。以上証拠に基づき詳述した理由により公訴事実はその証明十分なるに拘らず、原判決が証明不十分として無罪の言渡をしたのは、採証の法則を誤り事実を誤認したものと言うべく然もその事実誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから到底破棄を免れないものというべく、刑事訴訟法第三八二条、第三九四条、第四〇〇条但書により原判決を破棄の上、被告人に有罪の判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

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